元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

アリです 寅さん

トピック(本来の「日記」部分)

  • 体調

かかとのひび割れが、左足だけだったのにいつのまにか右足も。。
そういえば、と思い、かかとのやすりのようなものを風呂で使うようにしました。
風呂上りにクリームを塗るのは継続。。
両足のかかとが痛くなってから、歩いているときに足の別なところ(すじ?)もかすかに痛むことがあります。かかとをかばって余計なところに負荷がかかるのですね。

頭がカユいのも継続中。。 どちらも乾燥系だと思われ、関連性はあるかもしれません。

人生観、のような、「こうありたい」的な、または反面教師

  • アリです。

「アリとキリギリス」などという古典的な逸話を引き合いに出すことになるとは。。
アリがキリギリスの真似をしてもキリギリスに勝てるわけがないのです。アリはアリらしく。

私の「クリエイティビティ」や「横文字職業」に対する嫌悪感、違和感はすべて「横恋慕」であって、アリがキリギリスに嫉妬してキリギリスになりたいと願い、実践までしてしまった悪しき結果です。

アリはアリらしくしていればいつかはキリギリスに勝てるのに、なぜ負けるほう(キリギリスになろうとする、ということ)を選ぶのか。。
青春期ならそういう迷いがあり、道を踏み外すことがあっても許せますが、30代でまでそれを続けなくともよいはずです。世の中の若い世代、子供たちには、早い時期にそれに気付いてほしい。ここに悪しき失敗例がいるので。。

それがわかってしまっただけでも、よかったです。(【重要】マーク)


と、特に卑屈になっているわけでもありません。(若干自嘲気味ではありますが)そこで、自分は「大器晩成型」だと思っているので、30代まで逡巡してしまったのは仕方がないと思えるのです。他の人は早めに気づけるのかもしれませんが自分はムリでした。
ただし、気付くのは確かに遅いですが、一生気付かない人たちも星の数ほどいるのです。

  • 「目方で男が売れるなら」の解釈

男はつらいよ」のテーマソングの歌詞の中で「目方で男が売れるなら こんな苦労もかけまいに」というものがあり、昔から何となく好きです。シリーズはほぼすべて見ていますが。。

「目方で男が売れるなら」の解釈は人それぞれでしょうが(それに、作詞した人は深い意味はなかったのかもしれません)、昔、異常に口下手だった自分は、たとえば面接などでアピールすることができず、これと似た感情をおぼえました。
要は「『ポテンシャル』で男が売れるなら」(他のヤツには負けないのに)と思っていたのでしょうね。

寅さんはテキ屋ですから、インチキな物品を口八丁手八丁で売って生きていかなければなりません。だからいっそのこと「目方で男が売れるなら」なのでしょう。

「ポテンシャル」はあると思ってるんですけどね。。 今現在はそれなりに「売れて」いるのですがまだまだ最安値かと。。 今現在の自分であればこれを「驕り」ととられてしまいますので、もう少し積極的に表層的な自分の価値を上げてゆかなければなりません。
で、「無名時代」(つまり、過去から今にかけてずっとです)に自分を鼻にもかけなかった人たちを見返してやらなければ。。
こういう古典的な「なにくそ」感情をこの歳にもなって持ち続けているのは結構珍しいのではないかと、自己分析しています。おおよそ、こういう感情は諦めてゆくものでしょう。

my格言

  • アリがキリギリスの真似をしてしまったらキリギリスには勝てない