夢の塾(長文)
塾って進路指導してくれるじゃない。上の学校の情報なんてそれが商売だから、なまじっか学校より持ってる。
つまり勉強と進路指導の二本立てなわけ。どういうことかというと「道標」までも示してくれるわけさ。
だからこそ親は高いカネ払うわけさ。
んでさ「夢の塾」について書いてみたいんだけど。。とりあえず書きたいだけでね。
まずどうしても自己啓発セミナー系批判にいっちゃうんだけどね。
塾ってのはいい学校にいきたい、っていうヤツと、まあとりあえず友達いってるし、的な?ヤツと、あとは親が、塾にさえいかしときゃ強制的に勉強すんだろっていう楽観予測のもとに通わせたり。。まあ動機は様々でね。
んで、自己啓発系もそうなんだが最近だとアフィリエイトのセミナーとか? とにかくバカ高いヤツ。10万はザラっていう。
ああいうのの目的は、「金持ちになりたい」か「幸せになりたい」か、二分されるのね。
オレガキの頃、たぶん何回か書いてると思うんだけど、夢が「なかった」に近いのね。つまり。。オレらの時代の、ガキがオトナに聞かれる夢ってまんま職業だったのよ。わかりやすいのはプロ野球選手。そして医者。
オレの夢って、すっごくほんわかした感じで、職業ではゼッタイになかった。でも周りにあわせてプロ野球選手とか答えてたけど。
それって今考えると「ハラスメント」だよなあ? だって何かしらの「職業」というかたちで夢を回答しないとオトナが納得しねーんだもん。
夢はありませんとか言うと怒り出したりして。。今考えるとオトナってバカだよなあ? 夢がないガキのマインドを許容できねんだから。オトナとして恥ずかしいよなあ?
でね、オレの夢はオトナになってわかったんだけど「幸せになりたい」だったに違いないのね。で、結局のところ誰にも明かさずに、ヒッシこいて幸せになるために邁進してきたわけ。
でね。。良くも悪くも「これだったのね」と。これが限界っていうか。。
ここから、話はちょっとムズカしいよw
ガキのころのオレの「幸せになりたい」の形は、すごくほんわかとしていた、ということは言い方をかえればはっきりした形になっていなかったということなの。
で、40もとうに過ぎ、今もオレは生きている。家族もいて、家内とは頻繁に口喧嘩するけどつきつ離れつ、離婚することもなく(うちの親は離婚してる)、子供らはちょこちょこいろんなことがあるが大病もせず(オレはけっこう大きい病気をして、親に心配と迷惑をかけた)。。
金銭的余裕はほぼないwが、質素に暮し。。
っていうことでまさにオレがガキのころ具体的に思い浮かべられなかったことがこれなんだよ。
ガキのころ具体的に思い浮かべられなかったっていうことは、それを具体化するのを避けていたっていう側面もあるのね。否定はしないんだが。。
つまりね、プロ野球選手とか医者ってけっこう華々しいじゃない。それに対して「質素で大過ない家庭を持つ」(当時こんなボキャはなかったけどなw)なんて、「夢」としてセットしていいのだろうか。。とね。
ま当時のトレンドとしての「男子たるもの!」みたいなさ。そういうバイアスも多分にあったし。
あ、そうそう、本論に戻すとさ。
小学校高学年からハタチぐらいまでの子らに、幸せになりたいのかい?具体的にはどうしていったらいい? みたいな感じで導く塾ってないのかね、みたいな。
いきなりだけど孫正義さんみたいな成功者じゃなくて市井のね、すでにほんわかした幸せをゲットしているヒトたちに、ご指南いただけないでしょうか?っていう。
そういうヒトって、たくさんいそうであんまりいないと思うよ。
具体的にいうと、家族で毎日必ず夕餉か朝餉を囲めること。そしてその食卓には笑いがあふれていること。その食卓にはテレビやスマホやPCの類は持ち込まれていないこと。
それを継続的に、少なくとも10年以上、続けられているヒトはその「夢の塾」で教える資格があるんだ。
家庭を顧みず奥さんに育児教育をまかせている熱血サラリーマンなぞ論外。
そういう「夢の塾」が実現できればなあ、って思う。
あ! 塾なんてかたっくるしい形式やめて、その夕餉におじゃますればいいんじゃん! そうか!
同じ家に連続、じゃなくて、まわればいいんだよ。
それだけ。それだけで、「こういうことか!」ってわかると思うんだ、子供って