元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

「器が大きい」

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器が大きい、とは、なんでも、誰のお願いでも笑顔でハイハイと聞くということではない。

いや、見かけ上はそうかもしれないけれど、肝要なのはそれでもナメられないということ。

それが、「器量」。

悪意を持つ素養がある他人に、なんでもかんでもアイツに押し付けてやれ、と思わせないオーラ。

ナメられないために、そういうオーラを身にまとうためにどうすればよいのだろうか?

というのが実は、ずーっと、オイラの21世紀におけるテーマだったような気がしてならない。


「優しい」のとバカにされやすいのとは違う。
優しい人間はイジメられたり、バカにされやすい。
でもそうでない人間もいる。その境界線は?

漠然といえば「凛としたものをもっているか否か」だと思うんだけど。。
それを身にまとうためにはどうすればよいか。


ひとえに、「人生経験」のような気がしないでもない。。
それにしてもいたずらに歳はとってきたが、「人生経験」は積んだだろうか?

一旦の結論としては「酸いも甘いもかみわける」ような人生を送ってきたかどうかが問われる、ということだろうなあ。