元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

今日は盛りだくさん

本来の日記部分

  • 体調

また痰が復活してきたような。。 風邪の症状が全快になるのはいつの日になることやら。。


人生観、のような、「こうありたい」的な、または反面教師

  • 反動を是とするヒトたち

反動を是とするヒトというのは、おカネはたまらないんだろうなあ。。と。
「ぱーっと」アソびたい、あるいは旅行にいきたいヒトというのはあえて日常の中でストレスを消化しようとしません。このように、ある程度の日常の経過の後に「ぱーっと」やることを楽しみにしているヒトが「反動を是とするヒト」の一例です。これもマスコミの洗脳の効果なのでしょうが、こういうヒト、最近多いですよね。。

こういうヒトは、非日常では自分のキャパ以上のお金を使います。なぜならば、ある程度以上のおカネを使わないと「ぱーっと」にならないからです。

そういうヒトたちはやがて、日常が経過しなくとも「ぱーっと」を常態的に求めるようになってきます。

そして、非日常ではキャパを超えるおカネを使うのですから、常に金欠状態になり、日常で必要以上のストレスをためることになります。そしてそれが、「ぱーっと」で爆発し、雪だるま式に支出額が増えてゆくという。。悪循環です。
こうはなりたくないのです。

また、おカネがないということでおカネを使わないようセーブすることができたとしても、反動を是としている限り、「ぱーっと」の段階でストレスを解消できるぐらいのおカネを常に使えないわけですから、こちらも同じように日常でストレスが慢性的にたまってゆきます。
だから、反動を是とすること自体を否定したいというのが自分の最近の考え方です。

反動による行動により虚しさだけが残るような気がするんですけどね。。

自分について

  • 「後半戦の展望」

人生、後半戦で何を頑張るか、って、「努力」方面だと思うんですよね。
人生の前半戦でもっともなおざりにしてきたもの。「若さ」という強力な武器を持つ時期に、「努力」をなおざりにしてきたことによりもはや取り返しのつかない損失をしてきているわけです。(と、今になればわかります)

だから、努力しないことが自分の所与の性格だとは思わずに。。 今からでも遅くはないので矯正してゆきましょう、と、いうことです。それにより、前半戦で実現できなかったことが後半戦で花開くかもしれません。
いや、思い出しましたが自分は「大器晩成」を公言しているのだから、もうホントにやるしかない。花開く「かもしれない」などという悠長なことはいってられないのです。危機感を持ちましょう。。