ダベること
「アソぶ」ってのは、典型的な昭和の「飲む打つ買う」「だけ」じゃあない。
それも確かに一側面ではあるのだろう。
僕が、若い頃からの記憶をひも解いてみて、自分がアソんでたなあと感じるのは、同性とクラダないことをダメり続けていた時期だ。
それは、オトナになってからもそういう時期は、あった。
語るわけだから、「飲む打つ買う」のうちの「飲む」は入ってくる。
ダベる余裕があった、というか時間があったというか。。いや、時間はあまり関係ない。
何よりもすばらしいのは、ダベる相手がいたということだ。そういう時期には。
ダベる相手がいないときは語らない。そんなのアタリマエのことで、そういうとき自分は「沈黙」の時期に突入している。
野郎同士で、酒の席でも、仕事の合間の喫煙所でも、とにかく、クダラないことをしゃべる。
シモネタも、あるにはあるけど、ヒドくはない。
「放課後」には、キャバクラいったりカラオケしたりもするけど、それはいかにも典型的なアソびであって。。
やっぱ、自分にとっての「アソんだ」は、際限なくクダラないことをダベり続けていた時期という感じが。。する。
なーんか、「いいオトナが!」っていう感じもするんだけど、ダベるのは青春の特権ではないように思う。
女学生たちが、電車とか路上とかいたるところで、制服で際限なくダベってるのをみると、「青春!」という感じがする。
アレは、幸せな光景ではある。(うるせーけど)
そうそう、その「ダベり」には、政治のことなんかは、入ってこない。
日経新聞の受け売りもない。
テレビのことは入ってくるけど。。
(テレビってクダラないからね、ダベりネタにはぴったりかもしれない)
オトナになるとクダラないことをダベれなくなってくる。
飲みの席でもそう。オトナの飲みではみな、典型的なことだけをしゃべっている。上司のグチとか、職場のハケンのねーちゃんのうわさ話とか、家族自慢とか。。
そういうのは別にクダラなくない。でも、面白くない。
典型的な「型」があるから、オトナの飲みはつまらない。
一次会は居酒屋で二次会はカラオケで三次会はキャバクラで。。とか、そういう感じで、ストレス発散の場ですら、敷かれたレールの上を走らないと落ち着かないヒトたちばかりだ。