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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

生きずらさを解消するためのヒントは、いろんな本の中に書いてある

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いいオトナがね、この現代社会で「生きずらさ」を感じまくってるんだとするならば、それは単に勉強不足なんだよw

だって生きずらさを解消するためのヒントは、いろんな本の中に書いてあるじゃない。それを読んでないだけ。
真剣に見つけようともしないし読もうともしない。
まつまりホンキじゃないのよ。

あそれとさ、この現代社会って昔とくらべて相当、生きずらくなってんのは事実だよ。それ知ってる?
つまり、昔の価値観のままじゃ生きずらくなるのは当たり前だっていうこと。変わり続けないといけないの。

いや、「変わり続ける」じゃ甘いんだな。「レベルアップし続けて」いかないといけない。

自分がレベルアップする気もねえくせに「生きずらい・・(「たすけてドラえも~ん」モード)」って悦に入ってるようじゃねえ。。と。

時間がないから勉強なぞできない、とかいってる人間の90%以上は1日何時間もSNSみたりテレビみたりしてるわけさ。アホか、と。

カネねーカネねーってうるせーから分析してみるとケータイ2万!とかね。これはゆずれない!とか。。馬鹿じゃね?

本来ね、現代人って自分が学びたい!と思う分野を勉強する権利があるわけね。(オトナの特権ね)ただ、そういう自称生きずらい系の人たちってさ、その前にまず生きずらさを解消するためにはどうしたらよいか、っていう勉強をしなきゃいけないのよ。集中的にね。それをやってから、さあやりたいこと、っていう順序であるべきなのね。

だからなんつーか、もったいないっつーか、かわいそうっていうか。。

自分のやりたいことがあるのであれば(ていうかそういう系の輩ってやりたいこともないんだよね)、生きずらさを解消するすべを身につけてから、ではあるのだが、でも、自己分析を進めてきたら「生きずらさ」なんてぜんぶ気のせいでした、っていうところに帰結するに違いないんだよね。

時代は変わっている

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あのね、世の中とにかく仕事がふくらみすぎてんのよ。ビジネスマンってまったく楽になってないわけ。それはだいたいの人は知ってるよね。

んでね、あんまり仕事が多いもんだからもはや独りで動くしかないのよ。もうさ、タッグを組んでやるとか、いつでも引き継げるようにしておくとか、バックアッパーとか、そんなのおけないのよ。それぞれが有機的に動いて、その仕事はまったくもってブラックボックスになるしかないのよ。

証跡(ドキュメントとかメールとか)は自然にたまるから、もし誰かキーマンが倒れたらその証跡に頼るしかないの。引き継いでないのは悪くない。引き継ぎする時間なんてもったいない。

独りだと自由に動けるし仕事はかどるし結局生産性上がるんだよ。

世の中●●ばっかり

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10年ぐらい前は。。ご多分に漏れずw世の中馬鹿ばっかりって思ってたけどねw

今は、そんなキケン思想は微塵ももっていないw

ビジネス・シーンを俯瞰してみると個々の人間のほとんどは「カシコい」よね。まあそれだけなんだけどw

とかく世の中「努力量」が足りなそうな人間が多い。たぶん、なまじっかカシコいから、自分はそんなに努力はいらないんじゃ?なんて思ってしまってるのではないのかな。

いやあ、どう生きようが自由っちゃ自由なんだけどねえ。。オレに迷惑がかからなきゃ、ね。。

21世紀になって15年ぐらい過ぎてさ、この時代およびこれからの時代はかなりキビしい時代であることを、認識してないみたいなんだよね。。

今までも、かなりキビしい時代だったにもかかわらず、(若干)怠惰に、「カシコさ」だけで生きてきて。。若干の不満足感だけが残り。(完全なる不満足感ではないところが、曲者なのだ)


いやあのね、もはや高望みする人ってほとんどいないんだけど。。「まあふつう」に、「それなり」に皆暮らしたいと願ってるみたいなんだけど、「まあふつう」なレベルの暮しをね、これからの時代していくために、どんだけ努力量が必要か、ってことなんだよ。

「飢え」とかそういう概念が絶滅しつつある時代だからこその厳しさね。この国では生きてりゃ飢えることはない、ってアンタそりゃそうだろうけどさ、この国で、いいオトナが、飢えない程度に生き続けてなんか意味あんのかって。


「まあふつう」な、日本人としての中流の上ぐらい?の暮しをね、理想として、それでも今の自分がまったく届いてない、ように思えると。。

理想との乖離がハゲしいヒトばかり。なんだかお気の毒。

だから、そりゃ文句や不満やグチもいいたくなるわなあ。理想と乖離してるんだから。で、おそらく一生それは埋まらないんだろうし。そのままの人生だったらね。焦るよねえ。

別にね、その理想の自分がレベルが低いんだったら、努力もいらんのよ。でもみんなわかってないのが、「それなりの暮し」っていうハードルがね、着実に上がっていて、もはや四半世紀前と比べたらとんでもなく高くなっているっていう事実。
それなりの暮しを望むということが、イコール高望みでない、と思ってるヤツが多すぎるのよね。少しずつ少しずつハードルが上がってるから、気づかないんだよね。

それなりの暮しっていうのを、今の自分の「無理のない範囲」での努力量で実現できると思ってるってのが大いなるカンチガイであってね。
いや、っていうか、「無理のない範囲」で実現させてくれよ~っていう願望?懇願?なのかな。でもそれは、ちょっと甘いんじゃないのかなって。

いつまでもいつまでも無理のない範囲にしがみついて、そこから脱却できない。
なぜなら、そういうヤツの自己評価って高いんだよねえ。自分は頑張ってる!ってね。ムリのない範囲でやってるだけなのにねえ。

いやね、さっきも書いたけどどう自己評価しようが、勝手ではあるんだよ。なのだが、アンタ結果出してんの?ってね。自分の人生に満足してんの?って。
自分は頑張ってる!が結果は出ていないという現実に対して「周りが悪い」とか思ってね?って。

周りが悪いとか言い出す前に努力のレベルを上げるこった。もっと簡潔にいえば「歯を食いしばる」ってことだよ。そこまで頑張るってことだよ。

オレの三大健康法

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これを整理する

・すってすってすりまくる
・一日に便2.5回目標
・1dish チャンプルー

1は、にんじんだの大根だのきゅうりだのしょうがだの、とにかくすってすってすりまくる!これを朝食として食べる、っていうこと。

3はね、前菜、メイン、飯を同じ大皿で食べるってこと。もちろん、ソースとかつくじゃん?皿に。それをすべてまぜるってこと。

2はね、1日2.5回を実現するためにどうするか?と。人生をそっちに振り向かせるってこと。

この3つでカンペキだね。カンタンだとはいわないが。

やり方変えたほうがいいんじゃね?と

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川島和正さんが発信するチョーするどい指摘を受け。。

その指摘とは。。
久々に日本に帰ってきて思ったことは、長時間働いてさらに残ったわずかな時間を勉強に充て。。みたいに頑張ってる人間は多いみたいだけど、そういうヒトはどうやら変わらず低賃金のようである、だからやり方変えたほうがいいんじゃね?と。

でオレもね、そのとおりだと思うのよ。
一見、仕事とは遠いところにあるようにみえる趣味とかさ。。そういうののほうがけっこうビジネスにつながるんじゃないかな、っていつも思ってる。
ただ、それは100%じゃないんだけどね。。アソビほうけていれば金持ちになれるっていうことじゃないしなれるわけねーじゃん!ってのは断言できるわけ。

つまり。。
たとえば川島さんが例にあげてるのは英会話スクールに通うとか資格取得のためのスクールとか。。 仕事帰りにヒッシに勉強して。。
そういうのってさ、仕事に「直結」してるようにみえるからさ、すごく近道のような気がするじゃない?「出世」とかその向うにある昇給、経営層へのジャンプアップとか、あるいはヘッドハンティングによる転職とか。。社内留学とか。。 ヒッシに勉強してるヒトは間違いなくそういう「ビジョン」を描いているじゃない。

いやそれが悪いわけじゃないんだけどね。。
そういうヒッシなヒトって、アソんでるヒトより間違いなく出世する可能性は上がるよ。上がるけど保証はない。

実は!「アソんでる」ヤツは沈んでいけばいいんだが、「ホンキでアソんでる」ヤツに、そういうヒッシなヒトって、負けてしまう可能性が高いんだよね。

なんつったらいいのかな。。ヒッシに、とある目的があって勉強してるヒトって打算的っていうか。。まぶっちゃけイヤらしいのよね。
ヒッシに勉強してるのは認めるけど、その「パワー」?みたいなのってホンキでアソんでるヤツにかなうわけないのよ。
なぜなら、ホンキだから。ヒッシに勉強してるヒトって、半分ホンキなんだけどホンキでアソんでるヤツのホンキにはかなわない。

それは、わかるでしょ?


なんかカネの使い方っつーか。。
スクールってかなりカネかかるじゃん。でね、ホンキでアソぶのもカネかかるじゃん。
だから「どっちかっていうと」後者に注力したほうがいいんじゃないかな~ってオレは小さい声でいっておきたい。が川島さんはでかい声でいってる。

でっかく考えて「人生」という観点では、「今!」ホンキであそんでるヤツのほうが勝敗ちっくにいえば勝ちなんだと思うんだよねー。。


あ、あと、時間ね!
どっちに時間かけるかっていう。もちろんカネも大事だけど何に時間使うかって考えるのがもっと大事。

で、そもそも。。低賃金での長時間労働が時間のムダだと川島さんはいってるわけね。
だってさーすっげー時間を使ってるわけよ、労働に。

でね、さっき書いた「スクール」系っていうのは結局のところ低賃金の長時間労働っていうスキームからは逃れられないわけ。
つーか逃れるどころか巻き込まれていきたい!っていう意思表示にすらみれるわけね。

つまり、低賃金の長時間労働を中賃金の長時間労働にしたいだけなんだよね、って。周りはそうみるよね。

いやまあ、そういう自覚があるならいいけどね。
川島さんは、そういうスキームからは即座に離れろといってるし、オレもそう思うのだ。

極端にいえば「低賃金の労働ゼロ」から目指しなさい、と。で時間から自由になってから、死ぬほどいろいろ考えようよ、ということ。

それがね、劇的なパラダイム・シフトだから、やっぱり今のやり方の延長線上ではダメで、さっき書いたホンキでアソぶとかさ、そういうまったく違う方向にシフトしたほうがいいと思うんだよなあ。

年収の低い成功者

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あのねえオレってほっとんど人生に満足してるから他人に対して妬みとか発生しないんだよね。ここ10年ぐらい。

という意味では成功者といっていいんじゃないかw
年収的には世間的に成功者といわれている人たちと比べて2ケタも3ケタも違うんだろうけどww

人生に満足している理由は自分で動いてるからだよね。
あと所与のもの、たとえば素質とか?外見とか?生まれ育った環境とか? は十人並みだけど十人並に産み育ててくれた親に感謝する気持ちを持っている。

与えられたものをそのままにしといたんでは絶対に今の満足感はない。与えられたものを継続的にブラッシュUPしてきた自負はある。

こういう行動特性というか性格というか。。こういうの含めて親に感謝だわな。
だって具体的にいうと地味な努力を続けられるからねえ、今のオレは。

自分が周りを気にしない性格なのかと思っていたんだけど性格じゃないのかもね。昔から自分を気にしてるから結果的に周りを気にしなくなった。

自分の敵は自分、味方も自分。自分の味方は自分しかいないし実は自分の敵も自分しかいないという。

自分の敵である自分っていうのはまあ、たとえば慢心とか? サボろうとする心とか?そういうあたりだけど、オレが悟れないのは、そういうのも含めて自分を愛する、ところまでには至ってないというかね。いや一生それはないな。
そんなヤツっているのかねえ?実際。慢心を愛しちゃったら満足感のある生活送れないじゃん。


(まぁ親も味方っちゃ味方なんだけど、それはあまりにもオレにとってあたりまえのことだからおいとくw)

なりたい「イメージ」

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なりたい職業なんてほっとんどイメージできなくってさ昔から。まあガキの頃プロ野球選手とか漠然と思ってたけどそんなの論外でしょ。

そんなのより、なりたいイメージの自分ってのは昔からかなり意識しててさ。
それって格好とかロケーションとかシチュエーション(家族だんらん的な?)のことなんだけど、なんだかすでに実現されてんだよね。。

少しずつ。そしていつの間にか。

これがね、驚きというか、かなりの戸惑いがあって。。いやありがたいんだけどね。

あらら、ホントになっちゃったわ。。みたいな。

でもさ、ずいぶん前からなりたい職業は「捨てて」、なりたいイメージのほうを優先させてきたわけだから当然っちゃ当然なのかもしれないよね。