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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

勉強しろじゃなくて「するぞ」

2015年02月

ameblo.jp

子どもには勉強しろとあまり言わなかった。
っていう発言をよく教育系の雑誌とかそういう特集とかでみるけどね。子供を東大にいかせた親とかのコメントね。

あのね。。それはたぶん、小学校低学年ぐらいの段階で「あ、この子はけっこうできるかも」って「判別」できたから、安心してあまり言わなかったんだと思うのね。

それとさあ、すげえ違和感なんだけど塾にがっつりいかせといて「勉強しろとはあまり言わなかった」ってアンタね。。それ、おかしいから!

塾に行かせた時点でそれは、子どもに対する「死ぬほど勉強しなさい」っていうメッセージじゃんか。

ところで、
オレだって勉強しろとはあんまりいいませんよ。「勉強するぞ」ですよ。

だってオレは学生と同じぐらい勉強してるからな!

勉強しろ、って口だけじゃなくて同じく机を並べて座るんだよ。子供からしてみたら密着マークだから、キツいかもしれんがw

大げさにいえば、これがオレが考えた最良の家での「教育」(もしくは「躾」)だと信じて疑ってないわけ。

あ、これもどっかで書いたかもしれないけど、大人ってのは勉強は任意だし、さらに科目を選べるわけさ。体育もやっとるわい。ストレッチとかね。

オトナは科目を選べるんだぞ、いいだろう、とは子供に言い続けたいと思ってんだよね。これも良質な教育の一環だと思ってんだけど。

ホ・オポノポノと引き寄せとの違い

2015年02月

ameblo.jp

ホ・オポノポノと引き寄せとの違い(?)について先日内田博史さんのブログでね、すばらしい解釈を読んだ。
確かその解釈をさらにオレが解釈してw説明すると、ホ・オポノポノは、なんとかになりたいとかこうしたいとかそういう「こびりついた」願望をクリーニングして手放してしまいなさいと。そういうふうに説く。

一方引き寄せ(の法則)ってのは、多くの人たちが誤解しているとおりで、強く願えば、それは実現する!と。

でもホ・オポノポノは願望をクリーニングしてしまえという。どっちが正しいんだムギー!!!!!! みたいなことになる。

ま、そもそもそんなことでいちゃもんつけるようなヤツってどうしようもないんだけど、まあそれはおいといて。

その問いに対して内田さんは、こうなりたいと強く思え、願え、願ったら実現するぜ?などと引き寄せ(の法則)は一切いっとらんぞ、と。

「(すでに)そうなった自分を強くイメージする」んだと。こうなりたいと願うこととこれとはまったく違うんだ、と。

「だってなりたいと願うってことはなってないってことだろ?」ってこと。なりたいと強く願うってことは、「なってない自分」を強く引き寄せてしまうから一生「そうなった自分」にはなれない、と。

だから、そんなの手放しちまえっていってるわけ。

内田さんの解釈でいちばん素晴らしいのは、「そうなった自分」を強くイメージするのってかなり難しいから、初心者はホ・オポノポノのほうがいいぞ、とすすめている点。はっきりこういうふうに言える人って少ないんじゃないかな。


。。ここまでが前段!(長すぎっ)
本題。。

「引き寄せ」ってのはね、とある「それ」が実現する過程なぞ気にすんなといっている。それはもはや神の領域だから、みたいな。
「そうなった自分」を強くイメージさえできればあとは「何か超越的なもの」が発動するから、あとは待てばいいのだ、と。

。。ここなんだよね。これがウサンクサいと感じるヒトもいると思うのね。

だってさ!仕事で、プロジェクトとか発足したらまず計画!計画!スケジュール!!タスク管理!!!だろ?

それがさ「引き寄せ」になると良い結果だけイメージしてあとは運を天にまかせよ、みたいな感じじゃない。これがSEだったらクビだわな(笑


ところが!だねえ。若干「引き寄せ」のほうを擁護?させていただくとだね、さっき書いたとおりで「引き寄せ」ってのは、達成された状態をね、ディテールまでイメージ「できるまでになれ」っていってるわけ。
でね、これは相当キツいことなんだよ。まずさ、ほとんど一点の曇りもなく信じ切らないとそこまで、ディテールまでイメージできないんだって。
なのである意味「バカ」にならないとダメなんだ。リーマンとかが、夜の居酒屋でなく昼間シラフで「バカになる」ってのも相当ハードル高いんだよね。(それができりゃ、出世するよ)

でこれをシステム構築とかのプロジェクトにひきつけるとだねえ、イメージすべきゴールは、たとえばアンタらのガッツポーズしてる画とかさ、祝勝会してる画とかお客さんが笑顔でシステム使ってる画とか。。
そんなんじゃないんだよ?イメージすべきは。

アンタらがイメージすべき「そうなりたい自分」は実はシステムそのものなんだよ。なぜならアンタらはシステムをリリースさせるのが使命だから。アンタが祝勝会で酒飲むのがゴールじゃないから。客の笑顔がゴールじゃないから。
システムがリリースされること、そのものだから。

これ。。できるかい?って話なんだよ。PMが!
PMが、「システム」の完成形をディーテールまでイメージできるかい?

いやね、プロジェクトメンバーのSEならできるかもしれない。でも、システムの全体像をイメージできる人間はPM補佐におくべきだね。
ふつう、SEは、自分が担当するパートについての完成形はイメージできるが、全体像を俯瞰することは難しいに違いない。

PMが、ゴールすなわちシステムの完成形そのものをイメージすることができれば、大丈夫なんだよね。つーかね、PMはそこまでしやがれ!って話なんだよ。死ぬ気で。

さっき、ウサンクサいと書いたけど、そこまでやれば「過程を気にしなくともよい」という状態になる。(うまくやればw)


なぜそうなるかわかる?(わかんねーってw!)
あー長くなってきたからいいかげん終ろう。あのね、PMあるいは補佐がそこまで、ディテールまでシステムの完成形をイメージできるということは。
それを、末端のプロジェクトメンバーまで齟齬なく伝達できるということ。

ま、ふつーやるわね。キックオフのときに。
そうすると、メンバーは自分のパートだけじゃなくて全体を俯瞰してみれるようになる。それも当然だわね。バカじゃないんだから。
まあ伝え方は大事だけど。。

そこまで、一体感?みたいなのが「醸成」されたならば。
その時点で「計画」は済んでいるんだよ。
脳内ではね。
わかるかな?

まずPMや補佐の脳内では、そのシステムの完成形を、とあるリリース日までに実現するにはどうしたらよいか?の計画は、もうできちゃうわけ。そのイメージが詳細であれば、ね。もし粗々であれば計画も粗々になるわな。当然。

計画もね、できているけど、イメージなの。文じゃないのよ。パワーポイントやエクセルでもないのよ。
だから、最初の作業がそれの落とし込みなんだわ。

プロジェクトメンバーにあますところなくシステムの完成形のイメージを伝播させることができたならば、計画の落とし込みなんてみんなでわーっとやれば、できるよ実際。

だからなんつーのかなあ、言い方変えると「計画というアウトプットを出したくてしょうがなくなる」って言う感じかな。自然とそうなるの。皆が皆、イメージを紙の上に具現化したくてしょうがなくなるわけ。

わかるかな?

システムの完成形をイメージできたならば、あとは過程は「神にまかす」んじゃなくてね。それは絶対に間違っていて、「あとは物事はかってに動き出す」ってのが、正解。

トップダウンでもボトムアップでもいいんだけど、ハイブリッドがいちばんいいんだろうけどね、それぞれのパートの計画をまとめてボトムアップしつつレビューしてトップダウンのマスタスケジュールをマージしていくって感じかな。

ここで、PM補佐みたいな役割の人がすっげえ大事なんだよ。キーマンなんだ、プロジェクトの。PMはその補佐の作業に対してびしっと!判断決断をしていく、と。
そうすりゃ「事」はごろごろっと動いていくよね。それがまるで、神がやっていると思えるようなことも、たまにあるよ。ホントは人間の寄せ集めが転がしてんだけどな。

完成形をイメージし、それをするためには「どうしたらよいか?」のアウトプットを出せたら成功は約束されたようなもんだよな。あとはどうしたらよいか?をやってけばいいんだから。

アリのように働かせてくれって世の中に懇願してる

2015年01月

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あのね、オレはすごく楽観的でさ、これから「労働」せずして、あるいはほとんど労働せずして生きていける人間は少しずつ増えていくと思うのね。

あくまで「労働」ね。「仕事」はするんだよ。

なんつったらいいのかなあ。
富裕層じゃないのよ。生きるための「労働」をせず、自分のための「仕事」だけで、最低限生きれるぐらいの慎ましいカネをゲットし、つつましく暮らすというライフスタイルね。

多くを望まないということ。

株式投資だFXだなんだって、いわゆる「不労所得」をもとめるのは自由だけどさ、特にFXなんざ24時間相場のこと考えるようになっちゃうんだよ。つまり、具体的にいうと睡眠時間を確保できず身体を壊したりするんだ。

これをワーカホリックといわずして何という。

そういうんじゃなくてね。。

このネタしつこく 満員電車に長時間揺られるのって幸せか?

2015年01月

blog.goo.ne.jp

オレさあ、ホントに、誰かに「誠実に」回答してほしいんだけど。

片道90分以上かけて通勤するのってはたして豊かな生活か?

たとえ、郊外に「それなりの」庭付き一戸建てを持ってるとしても、だよ。

だってさ、結局リーマンの給料しかもらえず、かつローンも残ってるんでしょ?
つまり、すべてを「会社」という存在に握られてるんだろ?

郊外に家を買ったのだって周りがそうしてるからそうしただけだろ?

オレ思うんだけど、そういうライフスタイルってさ、「豊かさ」には照準をあわせていないんじゃないかと思うんだよな実は。


オレは(何度でも書くけど)29歳にしてゼッタイにこれ(行きも帰りも満員電車に揺られること)は「違う!」って思って、周りから総スカンの中都心に引っ越したから。(家内からも大反対)

オレの場合たった?片道ドアドア75分ぐらいだったけど。。それでもものすごくイヤだった。
あ、そうそう、オレ社会に出てからしばらくは職住近接でさ、長くても電車に乗ってる時間20分ぐらいだったんだよ。乗り換えなしでね。
そのぐらいだったら全然苦痛じゃなかった。今でもそれぐらいだから、オレの満員電車の限界はそのぐらいなんだなw

もっとイヤだったのは、これも何度も書いているが、満員電車に揺られてこそ一人前(のリーマン)みたいな世の中の空気は死ぬほどイヤだった。


さて。片道75分だと9時勤務開始だとだいたい7時半ぐらいだわね。家を出るのは。
オレね、今も同じぐらいなのね。家を出るのは。そこは変わっとらんw

つーことは、いつまでも寝ていたいから長い通勤時間がイヤだ、というわけではないんだね。

昔はギリギリに出社してさ、メールチェックとかしてたら怒涛のトラブル対応とかがはじまったり取引先の進捗がぜんぜんなってないことがわかってムカつきながら督促したり電話で調整したりとか。。

そんなこんなで、昼は会議とかこなして、若手がやってきて「ちょっと聞きたいんですけど。。」に対応し、なんやかんやで夕方になり、30分以上かけて残業メシを食い、そこからやっと自分の仕事!仕様書とか設計書とか提案書まとめね。
21時に上がるのが早いほう。トラブルが長引くと23時半まで。

。。。それが今では、皆がそろう1時間前には現場に到着し、メールチェックはもちろんのこと、先手うって「ひと仕事」する。9時始業だとするとそこまでには、たとえばトラブルがあったとしても「待ち受け」て、後手後手でなく先手先手で対応することができる。

生産性は昔と比べたら段違い。人それぞれいろいろなやり方があるけど、オレは自身の生産性向上をね、都心に越すことで実現させたわけ。

つまりね、生産性向上のためにある程度カネを使ってんのね。だってそれは「投資」」だからね。


さらにさらに、昔より生産性が上がったがために上がるのも当然早くなり、で、帰るにも時間がかからんから、家族と会話する時間もとれる。
それにより明日への好循環がうまれる。
子どもがけっこう大きくなると、たとえばSEの日常とかでよくいわれる「帰るとみんな寝てる」みたいなさ。そんな人生ダメだよ。
子どもとは平日に、継続して会話しなきゃいけない。

子どもが出かける頃父親はまだ寝てる、なんてもっとサイテー。それじゃ早寝早起きの習慣躾けられないじゃん。

ぱーと使わねーとやってらんねー、っていう人種

2015年01月

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オレの知ってる範囲の、つきあいのあるリーマンのさ、いわゆる「大手」といってよいであろう会社の部長とか本部長とか、そのクラスね。

こういう人たちってけっこう「やってんなー」といってよいぐらい、ぱーっと飲み歩いてるよ。彼らなりに精いっぱいアソんでいる。
キャバクラとかね。

なんかね、10年ぐらい前だったらぶっちゃけうらやましいと思っていたんだが。。

今、自分がまさにそのぐらいの年齢になってみると。。。

とにかくあれはね、彼らの「経費」なんだなあ、と。

ぱーと使わざるをえないんだわ、彼らは。会社から受けるストレスを解消するために。
そういう「経費」をつかわないと彼らはやってゆけないんだわ。

同じぐらいの世代だからわかるっちゃわかるんだけど、一方で、あー彼らっていいように会社組織にヤラれちまってるなあ、と。。
若干哀れ。

だってさ、(いわゆる)「彼ら」ってさ、間違いなく寿命縮めてるっしょ。
会社のせいで!
かわいそうに。。
毎日とか2日にいっぺんとか深酒して、身体壊して、健康診断で再検査して。。

それとさ、「彼ら」って子供との平日のコミュニケーションとるきないだろ。子供とのコミュニケーションは平日こそ大事なのに。。
休みの日に挽回すりゃいいと思ってんだろ?

これが、家庭崩壊の萌芽。奥さんとの関係性も同じ。休日に家族サービスすりゃそれでいいっしょ、ぐらいに思っている。
ていうかそういうふうに洗脳されている。


さらにさらに、もっとヤバいと思うのはさあ。。
そもそも時間ないじゃん?
だって、朝から晩までがっつり働いて夜は飲み、だからさ。当然じゃない。

つまりね、会社に「経費」をぶんどられているどころか「時間」も奪われてんだよ。それ知ってた?

時間を奪われるとどうなるか?それはね、自己投資する時間がなくなっちゃうってこと。

彼らぐらいの役職になると会社からけっこうカネはもらってんのかもしれないけど、ちょっとキャバはしごしちゃったりしたらさ、そしてそれが続いちゃったりしたらさ、いったいその人の「手取り」はどれぐらいなのよっていう。

手取りが減っちゃうと自己投資への資金投入もできないじゃん。

自己投資するカネも時間もないとどうなるか。。当然、スカスカになるわね、人間として。そのおそろしさを知らない部長クラス(以上)は多いねえ。

自己投資ってのは結局会社ではない外部からのインプットってことになるんだが、それが絶たれるともう伸びないんだわ。人としても、ビジネスマンとしても。

そこで!うまーく会社にからめとられちゃうわけなんだがたとえば「管理職研修」とかそういう謎すぎる研修!!

管理職になるといろんな研修が会社から用意される。ってことは結局会社がしいたレールってことだよね。

これって自己投資じゃない。気をつけろ!違うんだぞ!

ウチの会社は無料でいろんな研修を受けさせてくれるからいいなあ、なんて思い始めたらもうアウト。社畜認定。定年までがんばってね。

まーさーに会社の思うツボ!洗脳。

会社がさ、自分の会社に不利益になるようなレクチャーをする研修を準備するわけねえだろ!
自己投資ってのは逆に、会社から脱しても生きていけるスキルを身に着けることだろうが。完全に相反しているのだ。


ただーし!(長くなりすぎたので最後)

部長とか本部長クラスをね、突き抜けていくのは実は、社畜じゃないんだよ。自己投資に時間を割いた人。会社のしいたレールから外れようとしているが外れないヒト。

これが不思議っつーかちょっと矛盾してるんだよねえ。

つまりは「型破り」ってことなんだろうけど型破りな人間を育てようとはしないんだわ会社って。でも型破りな人材を頂点にもってこさせようとする。

この矛盾が不思議でしょうがねえんだ。

極端な例だけど社長をいきなり外部から招へいするってそういうことでしょ。

男子を仕事+家事・育児の合わせ技で評価してほしい

2015年01月

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世の中の風潮を変えたい。オレは関係ないんだけど。

ズバリ男ってのをね、仕事+家事・育児の合わせ技で評価してほしいわけ。

と、いうことはだよ。たとえば独身男性とか、結婚しても子どもがいないヒトとかは、とにかく仕事に打ち込んでほしいんだわ。んでもって日本経済を支えてほしいんだわ。
あ、それともう子供が手がかからなくなったうえの世代ね。

んでさ、前から思ってたんだけど、子どもが増えるまたは大きくなるにつれ、それにまるで比例するようにしてビジネスにおけるその人(男子)のポジションも重要になり、責任も増大していくってそれがそもそもおかしくね?
根本的に間違ってんだよ。つまり子供ができて会社から逃れられなくなり(路頭に迷えない)、会社側が足元をみてまんまと管理職に登用して重要な仕事を丸投げする。
自然、帰りも遅くなり、家事育児もなおざりになり、家庭も不和になる。



そんなのやめちゃってさ、子育て世代から仕事とりあげろ!ぜんぶ子供に手がかからないヤツらに投げちまえよ!投げればやるから。
子育て世代男子を閑職に追いやれ!強制時短にしろ!給料据え置きでいいから。それは、仕方がない。

なんでこんなこといってるか、わかる?あのね、あえて古臭い表現をするけど、子育てってさ、「宝物」を育ててるんだよ?
子育て世代の男子ってその意識が希薄すぎるんだよ。
だから、逃げる! オレ、仕事に逃げる男子キライなんだよね。


しょうがないんだよ。子育てっていうのは夫婦で分担してやる時代なの!いや、時代になっていくの!
企業もそれに協力してやらねえと。


あとちょっと関係ないけど、これはちょっとホシュすぎんだけど、大卒の女性とか35歳ぐらいで新卒採用しちまえ!みたいな暴論もオレけっこうありだと思うんだよなあ。
つまり、子どもを産んでまあ小学校上がるぐらいまでやりとげた人を企業は総合職として優先して採用する、みたいなね。完全に新卒扱いね。
肝っ玉座ってて戦力になると思うけどな~

良質な生活習慣はひけらかさない

2015年01月

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続けている生活習慣が良質であればあるほど、人生において勝利者となる可能性は高まるよ。ただし、いくつか注意点があってね。

まず、それは陰徳として行われるべきだね。すなわちひけらかさないことね。完璧にそうでなくともよいのだけれど。聞かれたら答えてもいいと思うけど。

次に、これは当然ではあるがその良質な習慣が長く続いていること。ま、「少なくとも」数年だわね。
でその頻度なんだが、まあ週一であっても続けてさえいれば悪くはないんだが、それが週二になり、三になり、平日すべてになり。。毎日続くのが理想だわね。あたりまえだけど。

そして、同じこと書くけどそもそもその習慣が「良質」であることね。
良質とはなんだよ、って、聞きたいよね? 当然。良質とはね、まず「悪質でないこと」w

いわゆる「一般的」に考えて、これはあんまりよくないんじゃ。。ってぴんとくること以外は、良質候補である。

マクドナルドのポテトを週に三回食べること、は、「一般的」に考えて悪質だろうが。「どう考えても」。

そこで「いや!ポテトにも効能が」とか余計な反論しだすヤツはそもそも勝利者になぞなれない。

その、良質候補のうちみんなが潜在的に「続けたい」(けどほとんど続けられない)と感じている習慣こそが良質。

たとえば早起きだったりね。野菜をたくさん摂るだったり。笑顔を多くするだったり。

きわめて「一般的な尺度」でいいんだよ。
マイノリティにならなくていいの。

オレは日当たりが悪くて掃除もしない部屋にせんべい布団敷いて暮らしたいとはまったく思わないが、そういうじめじめした環境に住むことを好む人間もいないことはないだろう。でもそういう人間はマイノリティだろどう考えても。

ま、それは「自由」だよ。この国においては。でも「悪質」な習慣をね、週3とかで数年続けちゃうとね、その人の人生はゆるやかに崩壊に向かうわね。

ただ、ゆるやかなまま崩壊せずにふつーに死んじゃう人もいるわね。たとえばタバコを吸うヒトが必ずしも早死にするとは限らない。

タバコを吸うヒトがいたとして、夫婦も子どももスモーカーで、みなで笑顔で幸せに暮らしてれば、だいたい長生きするもんだよ。


ホントに良質な習慣であれば月一とかでもいいんだけど。。でもさ、人間って良質な習慣と悪質な習慣とがまちがいなく共存してるからさ、良質な習慣が少なかったり頻度が少なかったりすると100%悪質な習慣に駆逐されちゃうのね。

だから、当然「成果」は出なくてさ。10年20年続けても成果が出なかったりするわね。かわいそうに。


だからね、勝利者となるためには人生のほとんどの「時間」を良習慣で埋め尽くせばよいということ。常に悪室な習慣を駆逐する意志をもち、実践している人が勝利者となる。
悪質な習慣に対して「まいっか」となっている状態がサイアクなのよ。
「実践する」とは悪質な習慣がなくなるまでやるとはいってない。常に「実践」の姿勢をみせるってこと。
「神」はみてるぜそれ。

同じことだけど勝利者っていうのは、とある「やろう」と思った習慣が間違いなく良質な習慣であることだ。「やろう」と思う習慣がイコール良質な習慣でないヒトは、かわいそうだけど勝利者にはなれん。

たとえばジムでトレーニングをしてその後肉料理とビールがセットの人は勝利者にはなれんよ。いまブイブイいわせてたとしても、人生長いよ~
この合わせ技の習慣は、はっきりいってサイアクに近いからなあ。(ただし!この「肉料理とビール」がね、いつも友人知人と楽しく、ならまた話は違ってくるんだよ。)

良質な習慣を続けるために、強い意志とか忍耐力はあたりまえのように必要。

この話と絡むんだけど、もうひとつ最後に。
勝利者ってのはうま~く、良質な習慣の中に「楽しい」というスパイスをいれてんだよね。これは、はっきりいってセンスだね。

良質な習慣ってのは必ずしも一般的には「楽しい」ものではないことが多いからねえ。単調だったり、地味だったり。さらに最初書いたとおり基本的には陰徳であるべきだから、誰にも自慢できないしね。「陰徳」というハードルで脱落していく人は多いのかもね。

でもね!たとえ楽しいことであっても、それを「続ける」だけで大変なことなんだよね。