元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

素直さは「スキル」だ!

stevengerrard.hatenablog.com

仕事してゆく上で「素直さ」はとても大事。
年齢は関係ない。

だからそれはね、「カネを稼ぐために身につけるべきもの」という位置づけ。すなわちスキル。

素直さは(ほとんど)先天的なものではない。営業スマイルみたいなもんでね。

ハスにかまえてイヤイヤやってても、それがカネのためだと腹落ちすれば、身につくから。心配ない。


もっと大きくいうと(大事)

成功するためのスキルはすべて大人になってから身につけることが可能。人生は逆転可能。ってどこかで書いたような。

そして、あまり知られていないのだが、その成功するためのスキルのうち最たるものが「素直であること」なわけ。

大人が素直であるというのはけっこうムズカしいんだけどね。

「小損を取る」 序章

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ここ何回か、「時給」をテーマにした話と「頑張ろう40代」と、ふたつのテーマで並行して投稿しているのですが、実は、以前から書いてみたいテーマがあったのです。

 そもそもいちばん最初は、読んでくださっているみなさんに役に立つという観点でいわゆる「成功法則」的なことを書いてみようかと考えてみたのです。(自分の中での整理の意味も含め)

 が!「そんなエラそうなことを書いているオマエは成功してんのかよ」と速攻ツッコミを受けそうでコワい(嗤

 まぁでも、「成功」をどう定義するか、だと思うのです。私のような不完全な、人間的にやや問題のある(苦笑)人間が、このIT業界というマカフシギな?業界に迷い込んでからおよそ20年、パージされることもなく、路頭に迷うこともなく、家庭もなんとか円満で子供たちもすくすくと育っているというこの状況。これが「成功」でなくていったい何なのだ?と思ったりもします。

♯というかケッコンできたこと自体が奇跡か

 しかも今の私はかつてのインフラSEの「激務」からは遠くはなれ…(遠い目)適度な仕事量でやらせていただいています。

 「適度な仕事量」とは… 仕事をいただけてありがたい、と相手に感謝できるぐらいです。ボリュームが少ないわけでもなく。

 これが激務になり、さらに人間関係のストレスがたまってくると、ありがたいなんて思える余裕はなくなってきますからね。それに見合う金額をもらえていないのであればなおさらです。

 ま、今でも深夜のトラブルコールはありますが(笑)… 

 今の私めは「適度な仕事量」にふさわしい、多くもなく少なくもなく、それなりの(苦笑)お金をいただいております。ちなみに我が家の暮しはとても質素です(爆。

 また、適度な仕事「量」とともに、今私めがいただいている仕事というのは自分の身の丈にあっている、といいますか、正確にいうと少し背伸びした状態の仕事のレベルであると感じておりまして、とても良い状態かと思います。

 スキル的に無茶な仕事をアサインされているわけでもないし、誰でもできそうな仕事でもない。私のスキルレベルに加えて「個性」を活かせるお仕事をさせていただいていると思っています。

 しかもこの絶妙な仕事のペースを、ある程度長く続けることができているという… これは成功どころか「奇跡」と呼んでも過言ではないです。

 まぁ奇跡を呼び起こすためには、祈ってるだけじゃダメでして… お客さんにまた声をかけてもらうために、仕事の品質は高止まりで維持しなければなりませんし(大前提)、諸々の営業活動も必要です。後者は、楽しくやっていますw

 かつての激務から「卒業」できたおかげで、健康について考える時間も増え、かつ健康法を実践し、インフラSE時代とはくらべものにならないぐらいの健康体をキープしています。お腹も引っ込みましたしね(笑)。

 激務から卒業できていなかったら、一度は入院していたでしょうね… あとは離婚してたかも…(怖っ

 同世代のエンジニアの方と比較して健康体を維持しているという意味でも「成功」といってよいのでしょう。この歳になってくると健康というのはホント、大事ですからね…

 ところで、他力で激務から卒業したわけではなく、時間が解決して自然に今のポジションに落ち着いたわけでもなく、自分で少しずつビジネス・ライフを変えてきたのです。その結果として今があります。

 その過程においては確かに、胃の痛くなるような状況が多々ありました、が、今となってはいい思い出ですね。

 私と同世代で、20代後半からの「激務」のペースをまったく変えずに、バリバリの人もいます。それはそれで、素晴らしいことだと思います。ぜひ、この連載の最初のほうのトピックを再読いただきまして(笑)、健康にご留意いただきたいと思います。

♯じゃないと早死にしますよ…

 結局、人それぞれなのでしょうね。私はどちらかというと、エッジの利いた人生よりも「ほんわか」した人生を志向するようになりました。ので、人生をそのように意図的に修正してきました。

 一般的なエンジニアですとやはり成功の尺度とは、金銭面やステイタスよりもやりたい仕事をできているかどうか、なのでしょうね。

 ということで、私の今の「中流レベル」であり続けるためにどうするか(下がりもせず、上がりもせず)、というネタであればかなりブレイクダウンして、Todoまで落として書けそうですけども(そしてかなり汎用的にお役に立てるという自信もあるのですが)、派手さがないんですね…

 なぜ派手さがないかというと、やっぱり、詰まるところ良質な生活習慣の継続なのですよね。一発で効く劇薬なぞないのです。これは、健康について書いていたときも述べてきたことです。

 で、やっと本題…

 タイトルに書いた「小損を取る」ですが、これが私にとっての重要な「成功法則」のひとつなのかな、と。ここ数年強く思うようになりました。

 繰り返しになりますが私の考える「成功」とは「中流であり続けること」なので、「大金持ちでウハウハ」とか「起業して時代の寵児となりマスメディアからチヤホヤ」とかそういうふうな「成功」を目指したい方にはまったく合わないと思います。

 そういう方向けの「成功法則」は巷にいくらでも出回っていそうです。そしてそういう成功をするためには「小損」どころかかなりのリスクをとっていかないとダメです。なぜなら、求めているものが「ハイ・リターン」なわけですから「ハイ・リスク」でないと当然釣り合いません。

 私の考える「小損を取る」は、一言でいえば「ノーリスク・スーパーローリターン」でしょうかね(笑)。

 派手さはないですし効果が出てるかどうかもわからないというシロモノですが、確実にいえるのは自分が、「少しだけ」すがすがしい気分になれます。(徐々に、ですが…最初は不快感をともなうかもしれませんが、いずれ必ず「転換」があります)

 ほとんどの技術系の方が、将来の不安をお持ちかと思いますし、もちろん私もなくはないですが、この「小損を取る」という習慣を続けていくことができれば、自分は大丈夫なのではないか、とけっこう楽観的です。

 過去20年それなりに「奇跡的に」うまくいってきて、今後20年、うまくいくとは限りませんが、「うまくいくとは限らない」ということはうまくいくかもしれないのです。「五分五分」を、できれば六分四分、とそこまでは望まないのでせめて52対48ぐらいになるよう、日々の少しの努力を続けています。

 ふりかえれば、ずーーっと続けていますね。

 ですので、仕事を頑張るのは大大・大前提なのですが、仕事から離れたところでの日々の努力は必ず続けている必要がありそうですね。それぞれが思い描く「成功」のためには。

 毎日、ほんの少しでいいのです。

数千年後の神話

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これ、何回か書いてることなんだけどね、数千年後の歴史学者ってたぶんドラゴンボールとかスラムダンクとか、ガンダムエヴァ、あとは一連のジブリシリーズとかを「発掘」するわけよ。でね、それを神話としてマジメに研究するわけ。まあ学者はバカじゃないから、「神話」だから、オレらの時代にああいうアニメーションみたいなことが現実に起こっていたとは思わんだろうが、数千年後の人類のうち数割は、昔はこうだったんだーってまともに信じると思われる。
今だって古事記日本書紀の研究だけて食っていける学者がいるんだから。一生を捧げる価値があるらしいから。数千年後に、50年スラムダンクを研究し続けました、とか言い出すマジメな学者があらわれてもおかしくないよ。

計画!

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佐藤正遠さんは、たぶん、「世の中的に意味のないことを続けよ」とは、いってないんだが。。

世の中的に「意味のあること」(これは実は、錯覚なんだが)は今の自分のため、意味がなさそうだが自分が良質だと信じるルーティンは未来の自分のため、ということをおっしゃりたいのではないかと思われ。

要はどっちもやらにゃいかんよ、と。ほとんどの現代人は前者にかたよりすぎている、と。
まそういうことだ。


すごーくわかりやすいことは「計画」。たとえば。。どんな例がいいだろう。まあ来月の一泊旅行の計画とかね。だいたい、実現できるじゃない。そもそも金銭的に目途感がたってる前提で計画するわけだから。

いやこの例はよくないなあ。1年後の旅行に向けて月に一定額貯金するとか? このたとえはわかりやすいかも。

2か月後のロードレースに向けて練習をはじめた、とか?

意味、あるよね? たとえ旅行にいけなくとも(いや、旅行は概ねいけるかw)、ロードレースで満足のいく成績を残せなくとも。。


それに対して、朝太極拳を始めるとかねw なんのために?健康のため。
これって計画じゃないよね。健康になる計画を立ててないし。

でも、逆に打算的じゃないんだけど自分が太極拳をはじめたら健康、含めた「いいこと」あるに違いないと確信があるからやるんでしょ。わざわざ早起きして。

逆にいうと、いやいや始めることはない。

 

極上の人生

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そういえば極上の人生、について書こうと思ったのだった。

極上の人生ってのは日本で一番お金を持つことではない。
極上の人生ってのは、途中まではレディメイドなんだが、途中からはオーダメイドなのだ。

だから、人によって違うのね。

カネに関していうと、使う器ってのがあるから。けっこうな額使わねーと満足度が上がらない人生(人)あるだろうし、良くも悪くもそれなりの額で、まあいい人生だったとココロから納得できる人たちもいる。

あのね、安くあがる人生ってのは必ずしもいいことばかりじゃないよ。カネを使って使い込んでわかることもあるんだから。ま、いずれにせよ、自分のココロに正直に、自分はどんだけ使う(使える)器なのかってのを考えるこったね。


まそれはいいんだけどね、俺の考える極上の人生とは。。

っとその前に、俺はある意味せっかちだからw、極上な人生の過程にすでにいる。だって、人生ってだんだんと完成させるものじゃない。だから、もうすでに途中にいるってこと。かーなーり良いゴールになると思うよ。だって、人生なんていきなりよくならないじゃない。かなり周到にゴールを計算しないとね。


でね、要諦はあっさりいうけど「安らぎ」ですね。

安らぐ人生おくるためにけっこうなカネが必要ってのは、わかるよね。
金銭的に、不自由のない生活。それは、贅沢な生活とはほぼ違う。生活必需品をストレスなく買える生活。給料日前、生活必需品が足りなくなって、買うとき、ストレスたまりますか? あー給料日前だってのにこの出費!とか。

それは、安らぎじゃないよねw

給料日前に、贅沢な外食ができないムキー!!! とかそういう話じゃないの。給料日前に大根も人参も変えないような人生はダメでしょ。給料日前は家族でつつましく食べりゃいーじゃん。お父さん早く帰ってカレーでもつくりゃいいじゃん。

それが安らぎってもんでしょ。

 

あ。。カネの話だけじゃないんだった。安らぎの人生を送るためにけっこう周到な準備が必要だよ。まず、絶対条件として家庭円満じゃなきゃ、だめじゃん? ってことは奥さんには日常でおべっか使っておかないとね。

親戚関係も円満に。つかつはなれつ、ね。安らぎの生活を送ろうと思ってるときに足をすくわれるのは、たいがい親戚だから。バカなヤツがビジネスに失敗して金貸してくれ、とか。。保証人になれとか、そういうのね。「親戚連中」っていうよくわからねえ「空気」に歯向かって嫌われたって別にいいんだよ。盲従すんなってこと。年賀状ぐらいは、出しといたほうがいいよね。

子供もさ、グレたら絶対安らぎの生活送れないじゃん? だったら、子育ても、ちーさい頃から周到にやんなきゃね。反抗期がくるのはあたりまえ。反抗期はある程度覚悟しておくものの、グレたらダメだよ。そのへんは、最後のとりでのところは、びしっとね。ギリギリんとこまでは反抗させていいよ。

卓越した運

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芸能の世界をはたから見ていると強く感じるんだけど、

もちろん、ビジネスの世界にも応用はきくと思うのだが、

 

とにかく、成功の秘訣は「卓越した運」だと思う。

これは、もう、間違いない。どう考えても。

 

そして、運というのは「結果的には」平等に皆持っている。

その事実を「認識」していないヤツがとても多い。

 

ヘンにいじけちゃってね。「どうせオレなんか」的な。。

そう考えた瞬間に「運」的には終了~なんだがな。

一回そう思ってしまったらそっから運をつかみ直すのはタイヘンだぞ?

 

つーかほとんどのビジネスマンは、勝手に、一回はそう思い込んでしまってい

るから、みなそこから「運」的に這い上がることができずにいる。

残念~!

 

 

「卓越した運」とやらを引き寄せるにはどうしたらよいか?

なんて、オイラは知ってるよ。

ホンキで引き寄せたいと願うヤツは、ハスに構えないでやってみればいい。

どうせやらないんだろうけどな! 行動を起こさないヤツには運はやってこな

い。これも鉄板の法則だ。

 

「運はやってこない」という状況を、強力に引き寄せるヤツばっかだから、こ

の国のビジネスマンは。

 

 

相当かみくだいて教えてあげても、やらないんだったら、もうその人の人生は

「終了~」だと思うけど。

 

別に、成功しなくとも平々凡々に人生過ごせればいい、なんて思ってる人、い

るのかもしれないけど、この21世紀にこの国で平々凡々に暮らすことがどれ

ほど難しいか。。

わかってないヤツが多い。

 

さて、「卓越した運」を持つには、自分がすでに卓越した運を持っていると思

い込むことだよね。雑念なく。

 

これが必須の前提条件。これがクリアできないと何も始まらない。

 

だって、持ってるんだもん。

戦後、戦争が60数年ない平和な世の中に生まれ落ちたこと。

文化豊かな素晴らしい国(日本)に生まれ落ちたこと

 

「人間に生まれた」のは相当な運のはず。にもかかわらず、さらに自由で文化

的で飢えのない国に生まれ、育っているという事実。。

これを「卓越した運」といわずしてなんといおうか。

 

ここまで読んでさ。。ハスに構えんな! 心ん中で反論すんな!(もちろん、

ネガティブなコメントもしないでねw)

 

事実としてそうなのだ、ということを認めること。

 

今自分が、日本で生きているということが「卓越している」と認めることがで

きれば、そういう「できた」人間にはもっともっと卓越した人生が展開される

準備が完了する、と、そういうわけさ。

 

現状を認めないヤツにはステージは用意されない。どころか、呼ばれもしない

 

 

 

前回書いた前提条件をクリアできれば。。という条件だが、

「さらに」「卓越した運」を引き寄せるにはどうしたらよいか?

 

これもカンタン。

そして、前提条件をクリアできている人間はけっこう選ばれた人間に近いもの

があるから、素直にやれることが多い。

 

つまり、カネ的に、富む者にますます富が集まるのと同じように、「卓越した

運」も、ふんだんに運をもっている人間にますます運が集まってしまう。残念

だったね。運のない(と自己認識してる)人たち。

 

だから一回、ハスに構えるのもやめて、素直になってみろっつーの。

 

 

で、具体的な話だが。。人生はプラスとマイナスのバランスである、というこ

とは、どうやら多くの人間が納得感あるらしいのね。

 

たとえば、いろいろツキがあって絶好調! という感じの人に対して「調子に

乗るな」と進言してくれる人もあるし、多くのツキのある人は「このままずっ

と良いことばかりではない」と、ゼッタイ自動的に感じる。それを潜在意識に

押しこめちゃうか、そう感じた結果何か行動を起こすか、はおいといて。

 

何か良くないことが続いたとしても、(こんだけ悪いことが続くんだから)次

はいいことあるさ、と素直に思えるのが、ふつうの日本人だ。

 

ところが!

すげー落ち込むようなこととか、びっくりするぐらいうれしいことっていうの

は、なんつーか、自分にとって「極限」なわけ。ふだんはそういうことってめ

ったにおこらない。

 

ふだん、オイラたちはいろいろな選択をしたり行動したりしているうちに軽く

ムカついたり、軽くうれしかったり楽しかったり、そういう経験を無数にして

るわけね。で、そういうのは100%忘れる。なぜなら、「取るに足らない」

ことだから。取るに足らないことってのは人間は忘れるようにできてんの。

 

ということは、そういうプチうれしいプチムカつく経験のときは、「次はいい

ことあるさ」とか「慢心しないようにしよう」なんて微塵も思わないわけ。そ

りゃそうだよね。ほとんど意識してないんだからね。

 

そして、まったくニュートラルな経験も、実は膨大にしている。ていうか、感

情をちょっとでも揺り動かされる経験、のほうが、少ないんだよね。

 

そういう、ちょっとだけ感情を揺り動かされる経験も、まったく感情が動かな

い経験(行動)も、すべてひっくるめた、「人生プラマイゼロ」なんだよね。

 

すげえいいことがあったからすげえ悪いことがある、というわけでもない。す

げえいいことのあとに微妙に悪いことが続いて結果的にプラマイゼロなのかも

しれないし。

微妙に悪いことが続いた結果としてすげえいいことが起こった(結果、ゼロリ

セットだから、その後悪いことは起こらない)のかもしれない。

 

オイラたちが「いいことがあった」「悪いことがあった」と、意識の上で認識

してることなんて、ほとんど比率としてはゼロに等しい。

 

あー、前提を書いているだけで終ってしまった。つづく

 

 

今日は本題ズバリ、から。

 

「プラマイゼロ」を自分でコントロールするんだよ。

それは、カンタンにできる。

 

具体的には、「率先して『損』をとってゆく」ということ。

 

これを、古(いにしえ)の賢人たちは「陰徳」という言葉で表現した(のかも

しれない)

 

いろんな媒体で書いているんだけどね、たとえば、公共の道でゴミが落ちてい

たら、拾うんだよ。

アナタに、それを拾う義務はないよね。皆無だよね? でも、拾うの。

これで、「マイナス」ポイントゲットお!

 

こうやって「損」(マイナス)をためてゆく。

そうすると、いつか得(プラス)が。。「爆発」するかもしれないし、しない

かもしれない。

 

プラスは、「じわっと」くるかもしれない。

気づかないかもしれない。

でも別に、いいんだよ。

 

まったく気付かないパターンとしては、よく言われるのは、何か虫の知らせが

あってある日ある場所に行かなかったところ、その場所で事故があった、とか

ね。

 

たとえばさ、「ケガ」を「回避する」という行為、経験というのは、実は「爆

発的な」プラスなんだよ。

本人は「爆発的な」とは思わないみたいだけど。

 

陰徳を積んでいって「プラスのできごと起こらないかな~」と、見返りを期待

する時点でNG。であればやっても意味はない。

それはそもそも「陰」ではない。

 

ふつうの徳であれば凡人でもやれる。そして凡人には爆発的なプラスはやって

こない(でしょ?)。

 

たとえば、さっきの例でいえば、周囲の人間に賞賛されたいから、という下心

で公共の道のゴミを拾うのでは、「悪くはない」けどそれは「損をとってる」

わけじゃない。

 

だって、賞賛される可能性が残されている時点で、完全なるマイナスの経験じ

ゃないもんね。

 

それは、ビジネス、ていうか戦略でしょ? それはそれで、やっとけばいい。

生きるために。

 

でもそれは「損をとる」とは違う。

 

むちゃくちゃ急いでるときに、道端で知らぬ女性が、体調ワルそうにうずくま

っていたり、するよね?

そこで、躊躇することなく声をかけるんだよ。「大丈夫ですか?」と。

その後の展開は、そのときの流れに任せればいい。「大丈夫です」といわれれ

ばアナタは何かの約束に間に合うかもしれないし、救急車を手配するとか、そ

ういうハメになったら間に合わないだろう。

でもそれにより「爆発的な」マイナスをゲットしていることになる。

 

そういうことです。

「今やる」クセは日常で

stevengerrard.hatenablog.com

何かにも書いたような気がするけど。。

 

思いついたことは今やる、のだ。なるべく。

 

そうすれば忘れないし。あとでやろっなんて考えてるとほぼ100%忘れるし

。メモとっといても、それがTodoリストにのったところで、後回しになるだけ

なんだから。

 

とにかく「今やる」クセをつけておくこと。日常で。

 

 

話変わるけど「快便」のコツは、催したらすぐトイレに「いってあげる」こと

だよね。身体のために。

 

それをおろそかにしていると、「身体からの信頼を失う」。

 

人生における、優先順位の話だから、突き詰めてゆくと哲学的かもしれない。

 

 

さて(ここからが重要)

なぜ、「今やる」クセをつけておかなければならないか?

 

何かひらめくでしょ? それの多くは、たわいもないことだよね。もっとはっ

きりいえば玉石混交というかね。実は、必ずしも「今やる」必要がないものだ

って、そりゃあるさ。

 

でも、やる。やってあげる。

 

そうすると、たまに「玉」にぶつかるわけだ! その「玉」がコロンと出たと

きに「今」やってあげると、人生がゴロンと変わりだすわけ。

 

初動がホント大事なんだよ。