元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

若いときにスポーツで苦労すること

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オレ最近、考え方変わったと思うんだけども。

へったくそな子がさ、それでも3年間サッカーとか続けてるのを見るとさ。。
なんか、泣けるっつーか複雑で。。

試合にも出れないし、そもそもボールを思うようにも扱えないだろうし、楽しくないだろうに。。

そんなの意味あんの? なんて本人に聞くのは、酷なんだろうけども。

でね、案外、大成するのはそういう子なんじゃないかなって思うようになったんだよね。
中学高校時代の部活のスターよりもね。

だってスターはイヤなことしないじゃない。ちやほやされちゃってさ。若い時分から。
うまいからって調子こいて後輩いじめたり。。

しかもさ、スターっつってもただの井の中の蛙だからね。「県大会出ました」ぐらいの。
全国出るぐらいだったらまた話別だけども。

そんなハンパなスターは、大人になって相当の代償を払うことになるんだろうなって。
中学んときへったくそであっても、そのチームのスターも、大人んなったら同じく「埋もれる」からなあ。
だったら小さい時分から苦労したり葛藤してたりするほうが強いだろ。

つまり。。試合も出れねーのに部活にへばりついてんのって時間のムダじゃね?
っていうのがだいぶ前のオレの考え方だったんだけど。
だってさ、二度と戻ってこない若い時代にだよ?

でも、若い時分でそういう苦労をできるということはぜんぜん時間のムダじゃねえなって思い直したわけ。

「小損を取る」(11) 自分の人生を予見しましょう

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 前々回かな?人生8勝7敗(ぐらいがいいのでは)ということについて書きました。「8勝7敗」という表現はどなたかの真似をしただけで、私の場合「52対48」ぐらいで薄氷の勝利、ぐらいになると思いますけども(苦笑)。

 ふつーに生きてしまうととんとん、プラマイゼロぐらいになってしまうので、わずかでも勝ち越すためにどうしたらよいか、といったことを書いたつもりです。

 今回は、ゆるやかに8勝7敗ネタの続きなのですが、自分の人生の後半戦を(勇気をもって)予見する、ということについて書きます。

 私の場合間違いなく人生の折り返し地点をすぎています。ので、良くも悪くも私の今後の人生は、今までの人生の延長線上にあります。つまり、劇的には変わらないんですね。

 ということは、我々の世代は、目をそむけることさえしなければ、ざっくり今後の人生は予測可能なんです。

 今後起こることのディーテイルを「予言」できるというわけではないですよ。そもそも、自分が、あるいは他人がいつ死ぬか、なんて誰にもわからないわけですからね。

 現在我々が、自分の人生に対して感じている幸福度、満足度(定性的な)は、死ぬまで概ねこのままでしょう、ということを言いたいのです。

 なぜなら、それ(幸福度、満足度)は自分が規定するものだから。

 ということは自分が変わらなければそれも死ぬまで変わりません。

 私のそれなりに狭い(苦笑)交友範囲をながめていると、みなさん目をそむけているようです。というか、考えたことすらない、というのが近いのかな?

 たとえば、このままでいいのだろうか!?という漠たる不満を持ちながらアラフィフまできてしまった方は、きわめて高い確率で、このままでいいのだろうか!?と思いながら死んでいくわけですが、その事実を突きつけられたらぞっとしないのでしょうかね…?

 私ならば、ぞっとしますが… そして何らかの行動には出ると思います。 

 自分の人生には概ね満足しているわい、という反論もあるかもしれませんが、もしそう考えていらっしゃるのであれば、素晴らしいですよ。もうそれで十分だと思います。

 そういう方はすでに「8勝7敗」で勝ち越していますし、おそらくこれからも、ちょっと勝ち越しで人生終えると思います。

 今までの人生に漠たる不満、そして未来に漠たる不安、を持っているのであれば、まだいいのです。なーんも考えていないよりも。そこから、打ち手を考えていくことができます。

  今後の人生が概ね予測可能というのは、別に悲しい現実なわけでもなくて、あたりまえのことです。これまでに良習慣を積み重ねてきた人は高い確率で良きエンディングを迎えられると思いますし、これまでに悪習慣を積み重ねてきた人や、あるいは、生活習慣ふくめ諸々が「ふつー」な人が一発逆転を狙うなぞムシのいい話です。今までに何も蓄積をしていないのであれば。

 でも、まさに今日!改心すれば、変わりますよ。人生は。ところが!さきほど「延長線上」と書きましたが、今までのそれなりの長い人生で変わらなかった人は今後も変わらないんです。改心できるポテンシャルを持っている方は、もうとっくにそうしてるはずなんです。

 アラフィフ以上の人はもはや変わりません(変えられません)ので、

あ、はっきりいっちゃった…「良いほうには」です。人間、悪いほうには一瞬で転落できますけども

 今書いていることは、まさに人生の折り返し点を迎え、いろいろ考えることも多くなってきた… みたいな層の方々に、ほんの少しでも届けばいいなあと思ってます。

 若い方々にも、このような説教臭い話はまったく響かないと思いますので(苦笑)、若い方々はとにかく、なるべく充実した人生をおくっていただきたいです。若いうちはそれで十二分です。今は「リア充」という都合のいい言葉がありますよね(笑)。抜け駆けして空気を読まずにどんどんリア充になっていただきたい。バーチャルではなくリアルを生きてもらいたいです。

 私の場合は、人生の折り返し地点あたりで、かなり重要で深い「気づき」があり、そのあたりからほんの少しずつ、良いほうに変わって(意識的に変えて)きましたので、これから死ぬまでも同じように、カメよりも何倍もノロいペースで(苦笑)良くなっていくと思います。

 そしてそれは他人にはまったく気づかれずに潜行して…

 それをすでに、受け容れているのです。つまり、もう劇的に良くもならないが、死ぬ頃には今よりも少しだけ漸進している。そのぐらいで、「オッケーよ!」(小沢健二さん風)と。

 現実問題として私のポテンシャルといいますか、私が実現できる「努力量」には限界があることをわかってしまっているので、劇的に良くなることもありません。

 ただ、年寄りになってからもずっと、年齢や健康状態を言い訳にせず、少しずつ少しずつ進化し続けたいと強く思っています。そして、そのためにはどうすればよいか? は明確にわかっている(基本的に今のライフスタイルを踏襲すればよい、すなわち「小損を取」り続ければいい)ので、安心しています。

  私の場合完全なる落ちこぼれのSEだったことが、逆に幸いしているかもしれないですね。このままでいいのだろうかとかこれからも食って(家族を食わせて)いけるだろうかとか、今後はどういう方向性で生きようかとかビジネス・シーンでどう立ち振る舞っていこうかとか、脳みそにうっすら血がにじむぐらい考えましたからね…

 たとえば35歳前後でバリバリ仕事している方(SE、PM、コンサル、その他)、実際活躍して成果を出している方、会社の上層部に期待をかけられている方は、その時期を「駆け抜けちゃう」んでよね…あまりに忙しいので。

 ぜひ一度、忙しい人ほど、人生のほうの「ふりかえり」をしていただきたいものです。ふりかえりをすれば、今後の見通しもセットでくっついてきます。見通せたらフィット&ギャップ分析をして(笑)、近い将来へ向けて布石を打つ(”弾込め”をする)稼働を確保していきましょう。

テレビという名の怪物 ふたたび 

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 受動的にテレビの言説を受け入れていると、テレビから離れているときもその「けしからん」と世の中をイロメガネで見てしまうクセがついちゃうんですよ。そうすると日常が些細なガマンの繰り返しとなってしまい、淡々と過ごせなくなってしまうのです。それは一種の洗脳です。

 そうなったらすでに「あちらさん」の術中にはまっています。あのブラウン管の向こう(表現古っ)には「アタマのいい」方がたくさんいて、毎日賢いアタマをフル稼働して庶民を煽動しよう、モノを買わせよう、世論をつくってやろうと企んでいるわけですから(こういうのを総じて「洗脳」という)。

 それが仕事なんですから、かなわないですよね。

 リアル社会って、そんなけしからんことばかりじゃないですよね。ほぼほぼ日常が流れてるわけですから。芸能人みたいな容姿の整った人はほとんどいないし、ドラマティックな、ニュース性の強い「事件」はめったに起こらない。われわれ一般人はそういう世の中に生きています。それこそがリアル。

 そりゃあ新聞記者やマスコミの人と同じ「イロメガネ」で、常にネタがないか目を皿にして探していれば、いろんなことは見つかりますよ。おそらく裸眼よりも「よく」みえるのかもしれません。ただし、「彼ら」の意図通りの「イロ」がついてしまってますけどね。そりゃそうです、彼らから渡されたイロメガネなのですから。

 でも我々は、そんな異常に目の疲れるメガネを装着して世の中を見る必要なぞまったくないのです。裸眼でちょっとだけぼーっとみえるぐらいが、ちょうどいい。

 でも、多くの人は外せないんですよね。ムダに「くっきり」みえるから、ふと、イロメガネを外してみたら日常があまりに「イロ」がなくてぼーっとしていることに驚き、その現実を受け入れることができず、またかけちゃうんです。

♯イロメガネをかけさせられてるわけではなく、外すチャンスはいくらでもあるのに、自分の意志でかけなおしているのです。それが重要なポイント。

 なので...たとえば、もっと修行して、感情を陶冶しなければこの世の中を感情の起伏なく生きることはできないのではないか、という考え方が完全に間違っていて、そういう「力んでる」人たちは、イロメガネを外せばよいということにすら思い至らないのです。自分がイロメガネをかけていることすら気づいていないのかもしれませんよね。

 そのパワーをね、もっと別なところに振り向けてくれると… この国はもっとよくなるかもしれませんね(苦笑)。 日本のブレイン(アタマがやわらかいヒトたち)が極端にマスコミに集中してるような気がして、もったいないなあと思います。

「成功」すれば?

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まず、1日のスケジュールを自分で把握する。次に、1週間。月は、まあ最初はいい。

次に、日/週のサイクル、リズムを「感じる」。「感じる」のは、身体だから、最初は、続けるしかないんだけど、カンタンにいえば身体が勝手に動くっていうこと。

ここまでが準備。感じたら、変えるのね。だって変わりたいと思ってるんでしょ。

変わりたいんだったら、今の「リズム」を変えるしかない。いや、今の「リズム」を「変えればいいだけ」。

具体的には? 「やりたいこと」をルーティンに組み込む。
理想は、平日すべて。それが難しければ週3(あるいは2)

なぜやりたいことをルーティンに組み込むかわかる? それは、「変わりたい」と漠然と思ってる人は、ちょっと掘ってみるとイコール「やりたいことができてない」なのね。だから、やりゃいーじゃんって。思う存分、平日毎日やりゃいーじゃんって。

え?「旅行にいきたい」がやりたいこと? じゃあ行けばいいじゃん!週に一度、週末に!
それができないなら第一土曜日に必ず行きなさいよ!旅行に!!
まずはとっかかりは近場でいいんだよ。近場への日帰り小旅行をルーティンに組み込むことによりいつの間にか海外にいくようになってるわね。

だってそれは、当然の帰結だもん。

動き出すこと。


次に(実は)もっと重要なこと!

いや~別に、けっこう今の人生満足してるし~ という方!も!変わらなきゃいけないの!

なぜなら、何回か書いていると思うがこの21世紀を生きぬくオレたちは「現状維持は退歩」なんだから!? という意味では、楽しいがキビしい時代。

毎日毎日、仕事から帰ってきて居間にどっかと座って一歩も動かず「めし!」「ビール!」とかいってた昭和のおっさんは、平成にもしそういう生き方をしたならば離婚されて路頭に迷うわな。

変わらなきゃ。

あのね、時代が進化してんだから。だから自分も変わらなきゃダメなのよ。でも日常をドラスティックに変えるわけじゃなくて、今のルーティンを常にブラッシュアップしていくわけさ。トヨタカイゼンみたいなもんかな。

常に自分のルーティンに目を光らせておくこと。

つまりそのー、時代にね、「変わらせられる」じゃダメなのよ。自分から変わっていかなきゃ。常に先行?みたいな。

そうすると1年ぐらいたつと、かーなーり自分が変わっていることに気づく。でもね、それは時代の変化ととんとんなんだよね。
もっと変わりたいんだったら前述したようにドラスティックにルーティンを変えること。

「小損を取る」(10) 【続き】実践編その2:ゴミ拾い

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エンジニアライフでホントいいこと書いてるんだけど、黙殺。


 引き続き「ゴミ拾い」について書きます。

 「ゴミ拾い」はあくまでひとつのたとえでして、アラフォー過ぎたらなんでもいいから、どんなときでも優先度高く行う「善行」をひとつかふたつ、持ちましょうよ、ということです。

 照れずにやればいいと思うんですよね。そして、こっそり。SNS等でアピールする必要なぞはまったくないです。

 そして、そういうことをやろう!と決意するとなぜかその遂行を妨げる事象が起こるので(苦笑)、それに対する対策(?)などを前回から続けて書いていきます。

 大事なのは、ゴミが目についてしまったら、何もせず目をそらしてはいけないということ。

 みなかったことにしてはいけないのです。

 拾うと決めたのに「みないふり」が続くと、自分が自分に対して信頼をなくしちゃいますからね。信頼のおけない自分と同居する(?という表現が正しいのかわかりませんが)というのはけっこうキツいものです。

 それと、ふっと目につくものをスルーせず、一旦意識するのってとても大事な訓練だと思っていて…イメージとしては「フックする」感じでしょうかね。「ん?なんで自分はあれに目がいったんだろう?」と、まず考える。結論は、その場では出さなくともよいです。「フック」さえしておけば。

 ある日突然、フックしていたモノたちがつながってチャンスをするするっと引き寄せたりします。

 ただ、このゴミ拾いのたとえでいえば、目につくものをフックするだけでは足らなくて、

ゴミがふっと目につく→どんな状況下でも即対応(反射的に)

 を繰り返すことで、これがビジネスにおける鍛錬にもなります。なかなか地味~にキツい鍛錬ですよこれは(笑)。

 野球選手における「素振り」?違うか、アスリートにおける腹筋みたいなものでしょうか。

 なぜこれがビジネスの役に立つか? は、続けてみればわかります。これがいかに大事かは。

 ゆるーく、やれるときだけやる、ではわからないと思いますけど…

 ビジネスで人の上に立つような方々はみーんな、このような類の鍛錬を続けている人間、ビジネスにおける基礎体力ができている人間、この例でいえば「どんな状況下でも即対応(反射的に)」できる人材がのどから手が出るぐらい欲しいのです。

 なので、引く手あまたになる可能性が非常に高まります。

 ゴミを拾い続けていると(ビジネスの)基礎体力がついて、ゴミを拾うというシチュエーションだけでなく、いろんなところで「即対応(反射的に)」できる人間になっちゃうんです。不思議ですね…

 SEは残念!なことに習性としては真逆なので(時代遅れの職人気質を好む傾向が強く、アタマを下げられてはじめて「しょうがねえなやってやるか」と重い腰を上げる、いうシチュエーションにもっていきたがるため、即対応することができない)、これができる人は良い意味でものすごく目立ちます。

※なので、嫉妬されて足を引っ張られないように注意する必要もありますね

 もちろん、即決断を求められる経営層も(そこを目指す人たちも)、これが必須スキルであることは論を俟ちません。

 前回書いた菊池選手のインタビューのとおり、急いでいたり「そういう気分じゃない」ときに限ってゴミが目に入ってきます。ビジネスでも日常でも「なんでオレが(アタシが)やらなきゃいけないんだ」「この忙しいときに」と感じることがよくありますが、そういう思いが立ちあがってきたときこそが実はチャンス(?)です。

 それががっつり1時間かかるタスクなのであれば回避すべきかもしれません。ケースバイケースなので一旦考える必要があります。が、"a few minutes"なのであれば淡々と時間を差し出すことです。このわずかな時間を差し出すのも小損です。

 そして、「いずれ誰かがやってくれるであろうことをあえて自分がやる」という行為については…正しいとは思いますが注意が必要ですね。なぜなら、そういう自分に酔ってしまって、正常な判断ができなくなる可能性がありますので。

 いずれ誰かがやってくれるであろうこと、は星の数ほどありますが、そもそもいずれ誰かがやるのですから優先順位は最初から高くない。にも拘わらず、myルールとして設定していることについては、きっちりやらなければなりません。

 逆にいえばmyルールとして設定していないことについては、ほぼスルーでよいかもしれませんね。頼まれてしまうと、致し方ないこともあるのですが…

 頼まれて意気に感じるのは、最初はかまいません。ただ、本来自分がやらなくてもよかったタスクにがっつり1日とか半日とか使ってしまうとそれは小損ではなく「大損」(またの名を「犠牲」)になり、かつ周りにナメられる(あ、やってくれるんだとどんどん丸投げされる)ので、あえて自分がやるのは結構なのですがやはり"a few minutes"でやれること限定にしたいところです。

 "a few minutes"で済むことであればどんどん周りのサポートをすべきだと思います。

 ただし"a few minutes"で済むはずだったのにどんどん時間が膨らんでしまって… というケースが多々ありますので、最初の時間の見積もり、精査は大事ですね。

 あるいは別なソリューションとして、時間が経ったら空気読まずにすぱっとやめる、相手に自分の時間をコントロールされない、という手法もあります。

 こういうこと、つまり、自分の生活の局面局面でタスクにかかる時間の見積もりをしてかつタスクも遂行し、予実管理(想定していた時間どおりにできたか否か)を繰り返していると、プロジェクトマネージメントが上手になりますよ。

 他人のタスクであっても工数や納期に思いが至るようになってきます。PM本読んで資格試験の勉強しているだけではダメでしょうね…

 SE含めたサラリーマンの方は"a few minutes"を躊躇なく差し出すのが難しいみたいですね。なんかいつも忙しい忙しい言ってますし(ホントだろうか?)。

 忙しいときこそ何をやるかの精査が必要なのに、「やる」と決めたことですら"a few minutes"を惜しみなく差し出せないという… だから、やると決めたことを続けられない(イコール、"a few minutes"を差し出せない)人は、時間配分の優先順位づけが間違ってるんでしょうね。たぶんスマホとゲームに大量の時間を貢いでいたりするのでしょう(苦笑)。

 さて、ひとつのたとえですが、客先の重要な会議に行くのに小走りで移動していて、これを逃したらアウト!という電車に乗れるかどうかギリギリ!といった瀬戸際のところでバカ正直にmyルールに"a few minutes"を差し出したら遅刻してしまった、と。

 先方にイヤミをいわれ、上司にはオコられ…で後で独り勝手にブチ切れて、もうやめた!となる。

 こういう方、多いんですけど…

 あのー、そもそもビジネスマンの基本スペックとして、常に、10分ぐらい時間に余裕をもっておく、ということなんです。これ、ビジネスマンのもっと基本的な小損("a few minutes")なんですね実は。

 この小損をデフォルトでとっている人(新入社員の頃から)は、成功してるかどうかはわかりませんがつつがなくビジネス・シーンを泳いでいってるはずです(現在進行形で)。

 たったこれだけで!

 時間に余裕を持った行動というのはビジネスマンの基本スキルであって新入社員のとき叩き込まれる、はずなんですがどうも… IT業界はメンターが最初っから時間にルーズなことが多いので、後輩もマネしちゃうんですよねー…

 自分のルールとビジネスとは対立軸にあるわけじゃないのです。自分のルールは、それが善行なのであれば必ずやビジネスで役に立つのです。

トップセールスとロートルのSE

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あのね、カリスマがさ、トップセールスしたら、100%売れるでしょ。
じゃぱネットのたかた社長がさ、繁華街に繰り出して、セールスしたら、鈴なりに人が集まってそしてバカバカ売れるだろ。握手つきとかにしたらさ。
それほど、知名度って大事。

でもね、かつてのカリスマSEがさ、今、トラブルシュートしたところで、技術なんか錆びついちゃってなーんも役に立たないよ。はっきりいってジャマなだけ。

後方にいるんなら、いいんだよ。あれやこれや指揮するんならね。でもオマエが出しゃばったところでなんの役にも立たねえんだよ。
っていう自覚が、ねえんだよな。

セールスって、いいよな。。年齢関係ないから。

勉強して、凡人になる。

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学校の勉強一生懸命やるのはね、それはこの現代社会では「凡人」になるためなんだよ? わかる?

平々凡々とした人生を送るために、(学校の)勉強をするんです。

そのへん、子供にはよおく言って聞かせたほうがいい。

わかってると思うけど、平々凡々と生きるってのはホントウに、大変なことなんだよ。特に、「生き切る」というのは。

この「生き切る」一点のために勉強しなければならない、といっても過言ではない。


では、平々凡々と生きたくない場合どうしたらよいのか?

で、ほとんどのバカ者は、勉強しても凡人にしかなれないんだったら。。と
まんまと勉強やめちゃう。

だからバカ者なんだよ。勉強しない言い訳をまんまと自分でつくっちゃう。
昔、養老先生もいってたろ?「バカの壁」って。これがまさにそうだよ。


。。平々凡々と生きたくないんだったら2倍勉強するか、勉強と同じぐらい何かに打ち込むか、どっちかに決まってんだろ!

相当苦しい道を進まないと平々凡々からは抜けられねーんだよ!んなもん当たり前だろうが!!
それどころか、一生苦しいんだぜ? その道は。

かといって勉強やめれば下層に転落するだけ。キッツい世の中だよなあ。
でも生き切るしかねえんだって!

ただーし!
勉強をやめても、そのぽっかり空いたところに、何かを勉強の2倍打ち込む、でもいい。

そうすりゃその打ち込んだ領域が、自分の糧になり、下層には落ちない。

整理すると。
勉強1+熱中するもの1 で人一倍努力する →凡人を超える
熱中するもの2 で人一倍楽しんで、努力する →凡人を超えることはできないが凡人のまま生きられる

ってことだ。