元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

1ランク上の生活をするためには

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自分が1ランク上の生活をするためにはそういう生活をしている自分を違和感なく信じなきゃいけないんだよ。ということは、まさに今!1ランク上の人間になるべく努力するというのはアタリマエのことなんだ。

そして次のステップはいつの間にかその努力が努力っぽくなくなっていくこと。ルーティンとして日常に溶け込んでいくこと。これも当然なんだよ。人間の未来なんて習慣の織物なんだから。

がつがつ食べることが日常に溶け込んでいる一家は自然とみな太る。まったく意識してなくとも。そういう一家の未来は「太る」という1点において約束されてるわけ。溶けこんでいるのだから。そこまで落としこむんだよ。

逆にいうと、オレって努力してるなーなんて歯を食いしばりながら悦に入ってるようなヤツは一生望むような未来はこない。踊り場で堂々巡りってやつだ。この「悦に入る」ってのが曲者なんだよな。

もはや圧倒的な差!シリーズ

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休日の早朝。。いつもより数十分寝坊して(それでも十二分に「早朝」)休みであることの幸せ感を満喫し、ゆっくりとコーヒーを淹れ、ちょっと準備して朝の運動へ。。

すると途中で必ず!朝帰りの酔っ払いとすれ違う。男の場合が多いがオンナもいる。
酔っていてもスマホは手放さないw

そんなヤツらは、家に帰ったらベッドにバタンキューで、昼すぎまで寝てるのだろう。

そんなヤツらとすれ違うたびにオレは、口には出さないけどね、あー、この(オレとこういうヒトたちとの)差はもはやどうしようもないな。彼らからするともはやリカバリー不可能なんじゃないかな、と。ひとりでニヤついている。

正直ザマミロ、と。

世の中コネですよ(いまさら!)

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いや、あのね、世の中結局実力よりコネなんですよ。

その事実にいまさら憤慨しても、意味はないの。
そういう国に、生きてるんだからさ。

どっちが先か、の話ね。コネをたくさん持っているヤツがまず選抜されて、そこで初めて実力の勝負となるわけ。

だから実力はなくてもいいなんてひとこともいってない。

実力がある、だけじゃゼッタイにダメだといっている。ありていにいえば「コミュニケーション能力」とかさ。あるいは営業力とか?
そういうのがないとダメ。そういうことから目を背けてはダメ。

ホントにホントにそういう、自分から売り込むのがイヤだっつーんならカネだしてブレインを雇えばいい話。


ダイヤの原石のままで悦に入ってるバカが多くて。。オレは磨けば光るんだ。。と?
オマエを磨くヤツがどこにもいないんじゃねえかよ。

生活のレベルを落としたくない

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オレの言うところの生活のレベルを落としたくないってのは、必ずしもカネの話じゃないのよ。

生活習慣の質なのよ、落としたくないのは。

激務が続くとさ、働いた分だけ手取りが増えんのかもしれないけど、生活のすべてが仕事中心になって良質な生活習慣がすべてないがしろにされちゃうじゃん。

オレそういう状況んとき自分が大キライなんだよね。

そういうときって休日も何もできずぐだぐだになっちゃうしさあ。。

日々のルーティン(自分を維持し、高めるための)に「支障がないぐらいの激務」が推奨されるわけ。

特に企業ってのはね、社員のリソース(肉体的精神的)をとことんまでしゃぶって倒れるまで使い捨てようとするから、要注意よ。

時給を上げる話(3) 考えてる時間は?

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 はいまた時給の話でございます。次のテーマへのつなぎとしてつらつらと書き留めておこうかと思っていたのですが、時給の話をシリーズ化しようと思います(笑)。



 前回時給1万という話を書いたのですが、ちょっとウソついたかな、みたいな(笑)。いやあの、私ってとめどもなく仕事のことを考えてるんですよね… 常にメールを受け取ってますし(もちろん夜でも休日でも、必要であれば返信はします)。仕事ケータイは常にONだし…夜中かかってくるし…

 ずっと、ではないんですけどね。断続的にということです。たとえれば「ふたをしていない」というか。

 その時間というのは、どうなんだろう?と。私の場合いわゆる「ワーク」よりもこの「考える」という行為のほうが大事なような気がしているのです。特にここ数年。

 「大事」というのは、えげつない言い方をすれば「カネを生む」ということですね。

 仕事のことについて考えている時間を計測したことはないですが、それもいわゆる「仕事」と認定するのであればやはり私の時給はマックジョブなのか(涙)。さすがワーカホリック…(いちおう自画自賛



 サラリーマンの方は、仕事のオフ/オンを意識してる方が多いと思うんですよね。それが確かに明日への(あるいは次週以降への)活力になるのでしょう。でもなんでプライベートで仕事のことを考えないかというと、考えたところで給料あがんないから、ってのもあるんじゃないですかね(笑)。

 私もオフ/オンの切替はしているつもりですけども、就業時間だからオンで放課後はオフ、っていう感じじゃなくて、切れ切れにオフ/オンしてるといいますか。客先にいるときは当然オンです(全開です)。打合せもそうですし作業も当然そうです。

 打合せとか作業とか、周りからみてもどうみても仕事してるよね、って感じじゃないときの自分はどうなのかといえば、自然にまかせているのだと思います。たとえば仕事のアイディアとか懸念事項とかがもわもわっと内側から立ち上がってきたら「しょうがないなあ」ともう一人の自分につきあってあげる、と。そういうのが立ち上がってくるときというのは「キミ仕事モードになりなさい」というサインなのでしょう(苦笑)。

 なので当然逆のこともあり、たとえばまったく仕事のことを考えずにつっきれる週末もたまにありますね。いろいろなことが順調にいっているときは、そういう良き週末を送れます。金曜にトラブルがあったり案件の進捗が悪いときとかは、週末も完全に仕事モードですね。まあ当然というか…致し方ないでしょう。

 なお取引先とかお客さんと飲食してるときは当然、仕事です! まったく息抜きではありません(苦笑)。これはひとつの「勝負」ですからね。



 前回、とある仕事でいただける単価というのは決まっており、時給を上げるとはすなわちその決められたパイの中でどんだけ生産性を上げるかである、といったようなことを書いたのですが…

 その生産性を上げるためのアイディアは、家のお風呂で生まれたりするわけなんです(笑)。だから、私個人の事情というかワークスタイルでいうとプライベートとビジネスを切り離すわけにはいかないようなのですね。それは、長い時間をかけて、やっと腹落ちしたところです。しょうがないんです、私の場合。そうでない方もたくさんいるのだと思いますが。

 そういえばいきなり朝の4時半からパワポ描きはじめたりしますしね(苦笑)。アイディアが浮かんだときにばーっとやってしまうのが、結果的にいちばんいいんですよね。

 でも睡眠についてはしっかりとるようにしています!これは健康編でも書きましたが…まとまった睡眠「時間」の確保はすでにあきらめていますが(苦笑)、常に熟睡できるような準備はしております。私のようなワークスタイルで肝になってくるのは、おそらく睡眠の質なのでしょうね。



 結局まとめると… まとまらない(爆)。

 ひとつ書いておきたいのは、周りに、けっこう仕事も早く上がるし、しかもそれが周囲との軋轢や不満を生まずに、仕事もデキる(&プライベートも充実してそう)という人が必ずいると思うんですね。そういう人というのは、プライベートもバリバリ遊んでるフリしながら、けっこう「考えてる」んじゃないかなあ、と、私は思います。仕事のことを。少なくとも段取りは考えてると思いますね。

 こっそりそうしてるってわけじゃなくて、自分でも気づいてないのかもしれないですね。プライベートの時間に仕事を組み込んでいることに。そういう人だからこそ他人の評価も上がってくるのではないでしょうか。

自分と向き合う時間

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ストレッチが顕著な例だけどね、

オレは自分と向き合ってる時間がたぶん他の同世代と比べて異常に長いんじゃないかな、と。

瞑想もそうだけど(もちろんやってる)。ストレッチってのはリアルに身体との会話だからね、オレ何年か前からすっごく大事にしてるよ。
なんかね、言語化できないけどいろいろなことがわかるというか身体からの訴えがあるというかね。

ヨーガもそう、気功もそう。どちらもオレかじってるけどね、ヨーガと気功は身体との会話「そのもの」だからね。

あとはウオーキングもギリ、そうかな。歩きながら身体と会話してるもんね。でもね、早歩きはダメ。

ジョッグもね、スローランまではいい。身体と対話できるから。でもふつーのジョッグはダメだね。
早歩きとかジョッグとかはもう「アスリート」の領域になってくるわけ。

いやアスリートもね、身体を動かした後のクールダウンとかで自分と向き合ったほうがよいとは思うけどね。

静かな独りの時間

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クリエイティブは朝生まれると考える人もいれば、夜中という人もいる。

でもね、昨今は「朝」の勢力のほうが強いんじゃないかな。朝型にシフトしてる人間が増えているような気がしてならない。(おせーよ、っていうか)

でもオレはね、実は朝でも夜でもどっちでもよくって、とにかく「静かな独りの時間」にクリエイティブは生まれると信じている。

「静かな独りの時間」を確保しようとする気概があるかどうかなんだよ。それはイコール世の中に流されないで生きるということだよ。

その時間をどこに確保するかの違いだけ。その人がいちばん確保しやすい時間帯にすればいいの。