元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

スマホが受け入れられるのは必然。

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若い子から年寄りまで、みーんな、会話が途切れて手持無沙汰になるのがコワかったのかなって。
だから、スマホが広く受け入れられたのかなって。

今、子供から大人まで、集まって、集まるは集まるけどみんな個別にスマホとかゲームとかにらめっこでさ、互いが互いを許容してるじゃない。
オレなんかはちょっと無礼かな、なんて思うけど、自分がそうだから周りを許すじゃん。

だから、人が集まるとき、「会話」が従になってきてるわけ。「主」は個々が画面とにらめっこ。でたまに会話する。
現代人はそれでいいんだと思うんだよ。オレは。

もはや現代人は沈黙には耐えられない。あ、思い出した。とうの昔に、現代人はテレビにどっぷりになってしまっていて、沈黙には耐えられなくなっているのだった。

しかしテレビは外には持ち出せない。持ち出せるのであればテレビでもなんでもよかったのかもしれない。
まあ端的にいえば「ヒマつぶし」なんだろうけども。

ただの歯車にすぎない、の件

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(略)

とある職場でキレっキレの人間でも、ただの歯車だよね?と。

じゃなくて。。そこを否定はしないのだが、とある閉鎖的空間で、仕事能力で目立てるタレントであれば、そこに安住するんじゃなくてもっと「世の中」で目立ってみないかーい、と。

たとえば仕事に文句ばっかりいってるヤツは転職してもダメだし、そういうヤツが環境改善を求めて転職していっても、環境は悪くなるばかり。
それは、間違いないよ。仕事ってそういうもんだもん。

そうじゃない人たちね。「世の中」に選ばれるポテンシャルがあるのに、そうしない人たち。。


あれ?いや違う、転職しろといってるんじゃないんだ。そこの職場で大活躍しつつもっと世に出てみないかーい、と。能動的に。

たとえばIT業界であればどっかのシンポジウム、セミナーの類で登壇するとかそういう方向性もあるよね。

あ、そうそう、俺がいいたかったのは!(こんなに長文書いてやっとかよ!)

ひとつの方向性としては地域社会。PTA会長とか自治会長とか。会社組織で揉まれてる方はそういうのもできる。

仕事ができる方がね、地域社会でも貢献して頼られる人材になったら、無敵でしょう?

そして、それが結局、仕事の幅も広がる。人間的にも広がる。いうことない!

もうひとつは趣味の方向性ね。単純に、仕事ができるヤツは趣味もできるから。そっちもきわめてほしい。そっちで世に出てもいいぐらい。


そういう、選ばれし人予備軍は、ご自身の時間をもっともっと有効に使っていただいて、社会に還元してくださいな、ということ。

はっきりいわせてもらうとそういう方の時間と、愚民の時間の価値って、一億倍ぐらいの差があるから。

リアクティブモード論

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たくさんの人が。。

 

人生ってのは実はリアクティブモードで生きたほうがうまくいくのだ、ということに、気づきはじめている。

 

インスピレーションのままに。

 

なのだが、そういう人生を送れる人間は限られている。

 

つまり、気づいた人イコールリアクティブモードで生きれる人、ではない。

 

ていうかほとんど合致しない。

 

どういう人間かというと。。

 

まああたりまえの話なんだけどそのインスピレーションで「悪」とかさ。

「怠惰」とかが想起されない人だよ。

 

そういうのってね、今インスピレーションという言葉をつかったけど実は間違ってて。。。

 

インスピレーションなんかよりずっと手前から起こる考え方なのね。

 

たかだか資本主義社会に生きている人間のさもしい考え方っつーかさ。

 

インスピレーションはもっとはるか向こうからやってくるわけ。

 

だから斎藤一人の言い方を援用すれば「ガラスが曇ってない人」ってことになるかな。

この世のすべては意識の産物である

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この世のすべては意識の産物である、と考えるのは勝手。

 

少なくとも俺はそう思っている。そろそろ確信するぞ。。

 

意識っていうのは、「リアルな感じ?」すらも創り出すことができちゃうんだよね。

 

たぶん、「手触り」すらも創り出せる。意識が。

 

たぶん、リアルはリアルだ、ってことなんでしょう。

その反論は、わかるよ。

 

でも、リアルすらも意識で変えられるんだ、ということに腹落ちしたならば人生変わるよ?ということを俺はいいたい。

パパ主導育児のためにはパパの職場が近いことが絶対条件。

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2016

俺の相当なるのべ時間の育児体験からいわせてもらうとパパ主導育児のためにはパパの職場が近いことが絶対条件。時間がかからない、ではないんだ。物理的距離だよ。電車でたった10分っつっても快速だったら軽く10kmだったりするじゃん。じゃなくて職場が育児コミュニティの中か周辺ってこと。
03-28 09:16

家族がすべて生活するコミュニティの中、あるいは周辺で一日が完結する。まあたまには出てってもいいけどね。子どもが、たとえば電車で遠くの学校に通うのはかまわないよ逆に。そして、パパが近くで働きママは遠くで働くってのが逆の意味で理想かも。だってママはパパにまかしちゃえるもんねえ。
03-28 09:19

手間をかけるんだよ。

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成功の法則と幸福になる法則とで、実はイコールのようにみえて相容れない部分がある、というのは、プチ成功されている方はすごーくよくわかってると思う。。

そのへんはおいおい書きたいと思うけど、絶対にどちらにもかかってくると確信しているのが。。

(これ、重要ですよ!)

「手間をかける」ということ。

もっというと「ひと手間かける」ということ。

これが斎藤一人さんのいうところの「微差力」の要諦なんだよ。

手間っていうのはかけなくていいところとかけなければいけないところがあって、このセレクトが、いろんな方が書いてるところの「選択と集中」ってやつ。

「選択」のセンスは自分にゆだねられているのだが、このセンスを磨く方法はある。それは、言葉でいうのは簡単だが「正々堂々と生きる」ということ。

天風さんのいうところの「積極精神」と同じ(だと俺は思ってる)。

正々堂々と生きる「だけで」なぜか人生において選択すべき事案がわかってくる。もちろんそれは人によってちがう。なぜなら人にはそれぞれ(正しい意味での)「個性」があるから。

イメージとしては正々堂々と生きることにより自分の内面の「アイ」("eye”)が曇っているのが、磨かれてきて、正しいものを正しくみれるようになるわけ。


でね、一方で現代人は時間がないわけさ。
という意味でも手間をかける事案を選択するのは大事なんだが、さらに!

(これも重要!)

「手間を効率化する」のよ。

ビジネスライクにいえば品質を上げるということ。
同じ時間で、生産性を上げる。

たとえば「ひと手間」なんてさ、長くて数分でしょ。この数分にある意味命をかけるというかね。

あ、もちろん、時間を短縮するっていうのも重要なファクターとしてあるのね。1日24時間しかないのは自明だから。

でもね、たとえば極力効率化、品質向上の努力をすることにより、4分の「手間」が、他人でいうところの30分の「作業」に該当するぐらいに、なっちゃうわけよ。

そしたらさあ、それを年単位で続けていったらそれはそれはオソロしいことになる(良い意味で、ね)。

ビジネス・シーンでもプライベートでもどちらでも、選択した後に「ひと手間かける」。
プライベートで始めてみてそれをビジネスで応用するもよし、逆もよし。

とりあえず、やってみるというか意識してみて損はない。いや、得しかない


あー、また重要なこと書いたぞ。ピンときた方、やってみて!
少しずつ少しずつ人生変わっていくから。であるとき「思えば遠くへきたもんだ」と気づく。

独りトヨタ式

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独りトヨタ方式プレイやってんのよ。ここ7~8年。
日々自分の生活習慣をカイゼンしてんの。

ちょー微調整ね。

たとえばモノの置き場を変えるとかね。そういうの大事。

窓ガラス曇ってたらささっとふくとかね。5秒かかんない。
そういうのも大事。

どーしても急いでいるときはメモ帳や付箋に書いて週末にやる。
これ、大事。

カイゼンタスクではなくて、検討課題とかだったら、自分にメールを出しておく。
で、作業に落としこむ。

この積み重ねで、今のオレがある。
ビジネスでやってることとなんら、変わらん。だってオレ自身が商品だからねえ。。
俺自身がオレ自身をブラッシュアップさせていかないと。。誰もやってくれないし。
時代に取り残されて家族ともども路頭に迷う。


ただし!周りはこの微差の積み重ねでオレがどんだけ変わってきてるかなんて、わからない。

だから別にわかろうとしてもらわなくともよい。

でもなんとなく周りの人間はオレが、「なんか変わったな」と思っているふしがある。
それはなんとなく感じる。なんか「しめしめ」と思うw