元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

この国の圧倒的な抵抗勢力、庶民

blog.goo.ne.jp2017
結局ね。。塾いってヒッシこいて勉強して(させられて)大学行って2年数か月だけハンパな遊びして何も身につかず1年数か月はマニュアルどおりの就活をしたヤツらが、大量にウジャウジャいて、それが日本を形成してるわけ。形成してるだけで、そいつら日本を変えはしないのよ。そこから逸脱してくる
01-19 14:57
ヤツらが圧倒的な個性でもって国を変えにかかるんだけど(意識的と無意識的なことがある)、前述した「ウジャウジャ」なヤツらが圧倒的な抵抗勢力になるわけ。だから、抵抗勢力って年齢じゃないのね。どの世代にもいるのよ。抵抗勢力に遭うとカシコい人たちは心底バカらしくなって潜行する。
01-19 14:59
潜行して、自分たちだけ、内輪でだけ楽しむ。あんまり表に出てこなくなる。そうすると「ウジャウジャ」は陰謀論をまき散らすW ウラで日本を牛耳ってるヤツがいる!と。いやオマエ確かにいるかもしんないけどテメエらがウラに追いやったんだろうがWとにかく表にいると同調圧力はハンパない。
01-19 15:02
「ウジャウジャ」なヤツらは総じて人としての器が小さい。これは自明。人としての器が小さいからこその同調圧力なのよ。周りが同じようでないと、不安になるの。排斥しようとするのよ。この国の庶民ってそういうヤツばっかよ。そしてこの国は「ウジャウジャ」が成功のひとつの形であると信じて
01-19 15:04
疑ってねえから。アタリマエだよな「ウジャウジャ」は多数派なんだから、多数派は自分たちのやってることやってきたことは「成功体験」だと思い込みたいだろうし(間違ってるけどな!)、それを周りに押し付けて洗脳するわなあ?洗脳するためのツールがテレビやネットだったり。でもそれで幸せなん?
01-19 15:06

朝の行

stevengerrard.hatenablog.com

自分の「陰徳」なもんで子供も、へたすれば家内すらも、自分の朝の行、すなわち掃除のことを知らない。

なんとなくわかるように仕向けたりもしない。

うちの子は家がいろいろきれいなのがデフォルトと思っている。

ま、それでいいんじゃないの、と思っている。

いつかわかるのだろうとは思っている。自分が親になったらわからざるをえないでしょ。

「想い出の成仏」

stevengerrard.hatenablog.comオ・ポノポノを知ってる方なら腹落ちできると思うんだけど。。
「想い出の成仏」ということなんだよ。
人間、絶対、過去にイヤな想いをしたことがあるし、それが人生のいたるところでふっと立ち上がってきて、そのたびにいたたまれない思いになるんだけど。
それに対してね、立ち向かう、じゃないんだけど「成仏させる」のよ。
なんかさ、うまくいえるかわからないけれど、そういうのが「きた!」と思ったら、まず拒否はしない。
それを「ほんわかした感じ」で「包んであげる」のよ。
想い出をね。
まあいい経験させてもらったな。。とかそういうのが定番だけど、まあ人によりいろいろ「包んであげる」文言はあるので、決めてもらっていい。
包んであげたら、ぱっと離す。(イメージ)
1回じゃ、終わらないよ。何度も何度も立ち上がってくるんだけど、そのたびに同じように包んであげてリリースする。
そうするとどうなるかっていうと、やがて「立ち上がり方がマイルドになってくる」。
うわっイヤなヤツがきやがった、って感じじゃなくなるの。毎度ほんわかした感じで包んであげてるんだから当然、そいつ自身がほんわかした感じになってくる。
だから「急な来訪」に対してこっちも余裕をもって対処できる。ああ、またきたのねと。
そのうちフェードアウトしていくから。
「そいつ」がこなくなったら、イコール、あなたの過去が変わった、イコール、未来が変わるということ。なぜなら、未来は過去と現在の延長戦上だから。
嫌な想い出のままにしておくのとその想い出の嫌さ加減を減らしておくのとでは、立ちあがってくる未来が絶対に変わるの。

親がのめりこみすぎ

ameblo.jp

2016

子供の習い事というか、スポーツでも楽器でもなんでも、親がのめりこみすぎるのはどうかと思う。なぜなら、親は親の人生だろう、と。全国どこにでもついていくとかさ。。ただし!それがビジネスならOK。子役とかね。カネが出ていくんじゃなくて入ってくるんだったらどこまでもサポートすべき。

12-18 05:47

 

この話の厄介なところは。。その親には一点の曇りもないわけさ。俺(私)の生きがいみつけた!と思ってるわけ。自分が実現できなかったから子に託す!と。で俺はそもそもそこを疑問視している。それは20世紀はアリだったかもしれないが、現代の親像としてはどうかと。

12-18 05:49

弩 部下に徹夜させ疲弊させたPMがなぜ賞賛される?

blog.goo.ne.jp

2017
最後のほう徹夜徹夜でプロジェクトやりきっちゃったら、プロジェクトマネジメントのダサさ、品質の悪さがうやむやになっちゃうわけ?メンバーをとことん疲弊させる仕事させてたPMは説教部屋行きでしょ。なんでてめえが称賛あびて、PJ終了後に1週間とか2週間とかバカンスいけるわけ?
01-06 16:04

検収あげるために要員をムダに疲弊させて、目先のカネばっか追いかけて、それが結局後で大損害になるって、わからんのだろうねえ。SIerって。この国でどんどん取り残されていくんだな。建築みたいに、3K5K業界としてつまはじきにされていく。ざまあだな。。
01-06 16:06

夢→即実行フェーズ

stevengerrard.hatenablog.com

夢ってさ、即実行だよね?

即、一歩めを踏み出せっつってんじゃないのよ。その夢がアツいうちに即「計画フェーズ」に入れといっている。

仕事だと、やるのに。。なぜプライベートだとやらんのよ。

最初は居酒屋の与太話でもいいんだよ。いいね!やろうよ!となったら、そこで終わるなよって。
翌日酒が抜けても、いいアイディアだなあと思ったら即計画しろよって。

あのさー、その計画ってさ、別に頓挫したっていいんだよ? とにかく数打てよって話。
どーせ頓挫しちゃうからっつって、計画をしぶってるわけ? アホだわね。

まず計画を立てるという第一歩を踏み出すと人生変わるんだよ。逆いうと妄想段階のままではなーんも変わらんよ。

計画を立てるクセがつくと計画が上手になって、いずれ実現されるさ。マジメな話。

電車に乗ったとたん小走り(反面教師)

stevengerrard.hatenablog.com「小得」をがっつり取りにいく行動のうちもっともわかりやすいのが、まだお年寄りともいえなそうな妙齢の男女が、電車に乗り込んだ途端目の色を変えて一人分だけ空いてるスペースに向かって小走りする光景…
60歳前後でしょうかねぇ…
小走りできるということは、足腰は丈夫な証拠ですな(笑)。
席をゲットぉ!した後は、お尻をぎゅー!ぎゅー!と割り込ませ、両隣を物理的心理的に威嚇しながら(苦笑)座ります。

これが女性複数人になるとさぁ大変。一人が特攻隊として目の色変えてまず座り、バッグをどかっと隣において席取り。「ここ!座れる!」と電車の中で大声。
映画館ですかここは(苦笑)。
そして照れ隠しなのかわかりませんが席を取った後「ふふっ」と謎の微笑み。なぜそこで笑う?

それで静かにしてくれれば別にかまわないのですが…やけに通る声で、降りるまでエンドレストーク。しかもその内容がほとんどグチ、文句のオンパレード。
対象は旦那、子供、嫁、ご近所、政治家、タレント、最近のニュースetcなんでもござれ。
電車に乗ってる時間の最初から最後まで、よくもまあ会話をネガティブなネタだけで埋め尽くさせられるもんだなぁ、と。 
で、聞いてると、実は会話が成立していないことが多い。つまり、言葉のキャッチボールじゃないんです。双方が勝手に好きなことをしゃべり合ってるだけ。
ちなみに私、盗み聞きしてるわけじゃありませんよ(笑)。声が大きいので聞こえてきてしまうのです。

で、何を言いたいのかというと、こういった「電車で小走り」な方々は例外なく
しかめっつらで不機嫌そう
文句ばっかり
なので、幸せそうにはみえません。
みえないどころか、実際幸せではないのでしょうし、残念ながら死ぬまでずっとそうなのだと思います。
私は通勤や移動の電車、バスで20年ほどフィールド・ワークした結果として(笑)、がつがつと「小得」をとりにいくクセのある人間は幸せにはなれない、と結論づけました。
日々小さな「得」をがつがつと取っているにもかかわらずなぜ彼らは常に不機嫌なのか?なぜ周りの人たちあるいは世の中に対して文句ばっかり言ってるのだろうか?

その理由のひとつめは、何度も書いているとおりで世の中バランスなのですから、日常のいたるところで小得をとりにいけばどこかでがつんと「損」がやってきます。
そしてそういう方々は、その損の経験を誰かれかまわずしゃべり倒してストレス発散するわけですが、しゃべっているうちにその損の記憶が強烈に刻み込まれてしまい、日々ゲットしているはずの「小得」のほうはすっかり忘れてしまいます。
自分でも気づかぬうちに行っている自己洗脳です。しかも日々続けている(悪しき生活習慣)ためにどんどん洗脳が強化されていくという… コワいですね~
こういうヒトたちは常時軽く不機嫌な表情で固定されます。一瞬笑ってもすぐに元に戻ります。まぁ仮面のようなものですね。そして周りには同じような仮面をかぶった仲間が集まっているので、不機嫌が常態になっている状況がおかしいとは思わなくなります。
仲間がいて、傷のなめ合いをしているので、たぶん不機嫌であってもそれなりに居心地がよいのです。

ここ数年の私の人生は真逆で、私は日常でルーティンとして取りにいっている小損は完全に忘却してしまいますが、そのおかげでたまに発生する小得を忘れてしまうことなく、じんわりと幸福感を得ることができます。
私の場合、まだ修行が足りないのか(笑)常に笑顔でいることなどできませんが、不機嫌の仮面はつけておらず(つける必要がなくなった)常にすましています。ですので、不機嫌の仮面をかぶった人たちは周りにうろうろしていますが、私を警戒しているのか(苦笑)寄ってくることは少なくなりました。
まわりにどんなタイプの人間が集まっているか、は人生を決定的に左右しますからね…

もうひとつの理由は、他人を差し置いてまず自分が(得を)、というスタンスの人はそりゃ幸せにはならんでしょっていう…
ふつうに考えればそうだよねー、と。
とある行為をすることにより自分にも小得があり、まわりも得する(あるいは具体的な得がなくとも嬉しくなっちゃうとかほっこりするとか)であれば、よいのです。
でも自分は得をする、結果他人は軽く損をする、という行為を、というか、その行為を行っている自分を、肯定しちゃダメなんだと思いますね。

ちなみに、この高度資本主義社会のなれの果ての国、日本限定の話ですけどね。他の国ではどうかわかりません。日本以外住んだことないので…
他人を蹴落としていかないと生命の危険にさらされるような、優しさなぞ微塵も通用しないような国や地域もあるのでしょう。あー日本でよかった(笑)。

心の中で、そういうふうに「自分だけが得したい!」とか「周りを蹴落としてやる!」とか考えるのは別にかまわないと思うのです。心というのは自分の中の「解放区」なわけですから、解放区で善人ぶってなんていられないじゃないですか。
そこで日常的に部下や上司や姑や伴侶までも殺している方もいるでしょうし(苦笑)。それに比べたら「自分だけ得したい!」なんていう欲求はカワいいものです。
問題なのは実際そういう行動をしちゃっている方、ということですね。

昔ならばお年寄りにカテゴライズされてもよさげな年齢層の方々が未だ健脚である、という事実は、世の中的には素晴らしいことであり、電車を利用する人たちの中には、「小走り」もできないたとえばもっともっとお年寄りの方とか、小さい子供とか、子連れのママさんとか、妊婦さんとか、足が悪い方とか…たくさんいますよね。
あるいはたまたまそのときに、ちょっと体調悪いな…電車座れるといいんだけど…と考えながら乗ってくる方もいるはずです。年齢は関係なく。
つまり、席に座るべきかどうかってのは早い者勝ちじゃないでしょう、と。もっとも「足の遅い」ヒトたちこそが、優先して座るべきなんじゃないでしょうか。
なーんてことは、当然、私より年輩の方々は、言わなくともわかっているもんだと思っていたのですが、どうやらそうではないらしい、と… 残念。

小得をがめつく取りにいったところでまったく幸せになれないのであれば、逆に小損を取っていったほうがよい、というのは私の経験則です。発想の転換ですね。
そしてそれはかなりうまくいっている自負があります。
幸せになれますよ、と断言することは決してできませんが、可能性は段違いに上がりますよ、と。
小得をとりにいくクセのある方は、あわせて小損はとらない(とれない)。なぜなら、その瞬間瞬間の損得勘定で動いているからです。「小損」はすべて拒否してるから、取れるわけがない。
実は私も同じ(損得勘定で動く)なのですが、私の場合はできる限り「ちょっと損」のほうを意識して選ぶようにしています。