元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

予定→実践(の繰り返し)

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何時に帰る、と奥さんに約束するとかね。
まあもちろん約束は守るんだけど。

そういうさ、予定を立てて、それを実践していくことの繰り返しって、大事どころの話じゃないんだよ。

人生を決めていくんだよ。だって人生ってその延長線上にあるじゃん。

いろんな障壁があるじゃない。仕事終わりが読めないとか、飲み会で二次会誘われちゃいそうだなーとか、会議が長引きそうとか。。
そういうのを全部、引き受けて、予定を宣言、遂行してくわけ。

それって人生そのものじゃない。

だから、今日何時に帰る、ってとこからジョジョに1週間/1か月先までスケジューリングしていって、そしてもちろんそれを実現させて!

最終的には年単位で実現させていくんだよ。

そうじゃないと、会社でいうと上司に人生決められちゃうわけでしょ。
それでいいの?って俺は思うんだ。

もはや、完全に、誰かに人生をゆだねちゃってるヤツのいかに多いことか。。
はっきりいわせてもらうと、それ、気持ち悪いんだよね見ていて。

それは生きているといえるのか?ぐらいに思ってっから。

最初のいーっぽ、じゃなくて一手

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重要なのは「最初の一手」なんです。

「ごろっと」「『人生』とやら」を転がしてみること。

これこそが「小損」に他ならない。だって、けっこうめんどいですからねえ。


「文句言いながらも現状維持」は、ラクです。でもね、「ぬるい」。というかぬるすぎます。

自分にこんな仕事ふるんじゃねーよ、オレは●●エンジニアなのになんで△△のタスクふろうとするわけ?
と、全力で断って現状維持、っていう方、多いですよね。

ここのエンジニアライフでも何回か書いたと思いますがこのドッグイヤーの21世紀で、しかもIT業界で、現状維持は後退とイコールですからね。


「ごろっと」人生とやらを動かしてみると、あとはなんだかしらないけれど転がっていくことが多いです。(私の経験上)

で、この最初の一手が、ヒトによって全く!違うんです。手法/アプローチが。

まず、この一手をどうするか、どう動くかは、基本的には自分が、死ぬほど考えなきゃならない。

♯あとで書くのを忘れてしまうような気がするので今大事なことを書きますが、死ぬほど考えた結果として偶然がやってきます。つまり、はためからみると最初の一手は偶然に左右されているようにみえる、けれども、その偶然は自分の思考が引き寄せているもので、その偶然の「品質」も、そこまでの自分の思考の品質に依存します。とてもわかりやすくたとえれば(あくまでわかりやすくしてるだけです)、ポジティブに死ぬほど思考している人間にはポジティブな偶然がやってきますし、また逆もしかり

自分がどうすべきか? は、最終的には自分じゃないとわからんのです。

にも関わらず!この、自分で考えなきゃいけないところを「ショーバイ」にしている方々が、たくさんいるんです。いわゆる「自己啓発」方面とか。。ギロッポンに住んでる怪しい横文字ビジネスに従事しているヒトたちとか。。

まぁ占い師もそうですね(笑)

本来マニュアル化できないはずのところをマニュアル化/パッケージ化して、「高く」売っているショーバイは、100%インチキです。

「小損をとらなければいけない」ところを、損なんかとらなくてもいいんだよ、と優しく近づいてくるヒトたちの口車にのってはいけません。大損します。

ただし!2000円前後、すなわちハードカバーの値段ぐらいは「高い」には入りません。われわれは、そのぐらいは糸目をつけずに買わなきゃいけないんです。

ここが説明が難しいところで。。絶対にマニュアル化はできないのですが、他人の経験は参考になります。他人の経験は、本として売っていることが多いので、鵜呑みにしない前提で、インプットする必要は、(これも)絶対にあります。

2000*20=40000円で、20人(あるいは団体)の体験談をインプットすることができます。これぐらいの投資は必要です。
10万円とかのセミナーはインチキです。「インチキ」は語弊があるかもしれませんが、そのセミナーの内容はアナタにはぴったりフィットしません。そして2000円ぐらいの価値しかありません。だから本屋にいって本を買ったほうがいいです。


「成功法則には汎用的な解はないと知るのが成功法則」。

本は、むっちゃローリスクです。安価で知識を得ることができます。(それを教養まで落とし込むのはそのヒトの努力が必要ですが)


10万円とかのセミナーというのは結婚相談所とかそういう系の合コンとか、そういうのに近いかな。。彼らは高いカネを要求しますが。。確かに「場」を提供したり、ノウハウをパッケージ化して提供してくれたりしますが、それで自動的に結婚できるわけではないでしょう。

どこかの誰かと一緒に「結婚」というレールを敷くのはあなたですからねえ。誰もやってくれませんし。
ここで「小損」をとっていく必要がありますよね。アプローチして、トークして、アピールして、etc。。
どこかまではレディメードのマニュアルでよいですが、相手があることですから、どこかからは必ずオーダーメイドになります。自分で考えて自分でやらなきゃいけません。

でもね、そのケッコン相談所とやらに「登録する」っていう行為は「ごろっ」かもしれないんですよね。。
死ぬほど考え抜いた結果としてその行動にたどりついたのであれば、それでよいんです。

 

(まだいるの?)自分探しとやらを続ける人間

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自分さがしをし続ける人間、に対して昔はカンゼン否定していたけど今はそうでもない。
まあ同情はするよ、と。

自分さがしをする理由はたぶん「不安」からくるものだよね。
それと、本人は気づいてないらしいが「プライド」。自分はこんなもんじゃない、と。ひと皮むけたい、とか?レベルアップしたいとか? だったら勉強とか仕事すりゃいいじゃんよ。

何か「偽って」生きていると。。世の中に対して。そこからくる不安、不満。
自分を偽らなくていいワールドを探す旅。。違うんだってば、自分を偽って生きている「今、ここ」でアナタ自身がすぱっと偽るのをやめればいい話なんだよね。

それができないってんだったらただ単に「世間体」やらマスゴミやらに負けてるだけ。隷属しているだけ。
ま、一生そのままだわね。


たぶん、「やすらぎ」とかさ、ほんわかした感じ?「幸福感」みたいな?そういうのを継続的に得ることができるようになれば自分さがしは終了~なんだろうね。

つまり、ゴールや目標すら設定せずなんとなく今の環境と自分がいやで「旅」に出る、ってのは、まあそうしたいならすればいいけど効果を期待すんなよ、と。

じゃなくて最初っから「幸福感」をターゲットにすりゃいいのよ。

そこまで方向修正してくれたら、あとは最適なソリューションを教えてあげられる。
それはね、「与える」ことだよ、ひたすら。

これを続けてると前述した自分を偽ってるような感じも、少しずつなくなっちゃうから。

不安もなくなる。
与える、ってもちろん見返りを期待しない「与え」だよ?

「与える」ってどうすればいいの?という問いは、具体的に考えなよって。
「親切にする」と似てるっちゃ似てる。

アナタの「性根を叩き直すため」に、自分本位から他人本位の人生にシフトしてみなさいよ、ということ。
それですべてが解決します。
まあ、やらないだろうけどね。

「ありのままに感じる」ことの大事さ

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俺の人生におけるさまざまな体験や、読書や、その他etcから、導き出された?つーか、

カンタンにいうと「ありのままに感じる」ってのがどんなにか大事かってこと。

でもよく考えればけっこう昔からそれを知っていたというか実践していたというか。。

何かしらの(主に負の)感情が「まさに、押し寄せてくんとす」って瞬間にさ、その感情に「レッテル貼り」するのを一拍だけ待つというかね。
まあそれだけなんだけどね。それが大事なのよ。

まあよくあるのは怒りだよね。なんでこんなに、生きてると、怒りを引き起こそうとする「何か」が押し寄せてくるのか。。
何か(間違いなく不快に違いない出来事)が起こり、ぐわーっと「重い」感情が身体から沸き起こってくるときに、それは間違いなく「怒り」になるんだけど、その一瞬前にさ、「あれ、怒るわけ?なんでこんなので怒っちゃうわけ?」と。

なんつったらいいんだろ、その感情を一瞬「品定め」する時間というか。。「規模感」?「感情の種類」?よくわかりませんが。。

あのね、そこで一瞬せきとめたところで、押し返せるわけじゃないんだよ。結局正当な怒りは怒りになっちゃうんだから。

何かが押し寄せてきてふーっと深呼吸したら「怒り」が鎮まった。。とかんなことあるわけないじゃんよ。自己啓発セミナーじゃあるまいし。

でも一瞬品定めするクセは大事だよ。俺はそれによりけっこう人生変わったもんな。少しずつだけど。

あ、そうそう、これはただの「訓練」だよ。淡々とやるの。なんの見返りも期待せず。

人生は全員勝者でも別にかまわないんだよ

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(自分が完ぺきに実践できているわけではないが。。。)

まず人生はゲームである、と。これは、強く強く認識していたほうがいい。

ゲームだから、局面局面で勝ち負けは発生する。それは、当然のことで、人生ゲームというやつを面白くするためのスパイスである。

そして、実は、勝ったり負けたりは勝ったり負けたりしてるように思えるだけである。錯覚。気のせい。

つまり。。
人生ゲームは勝者がいて勝者が存在するために一定数の敗者が必要、というルールではない。全員勝者でゴールしてもぜんぜん構わない。誰もが勝者になれる。いや、誰もが勝者に「なる」。究極的には。

もっというと実は人間として生まれ、育っている時点で勝利はしている。あとはどうゲームを、スパイスをまじえながら進めていくかだけである。

もっともっというと実は、この時代のこの国に生まれているだけで勝者、どころかアイテムはほとんどもっているから、むっちゃ有利にゲームを進めることができる。たとえば内戦がないとか(150年ちみどろの内戦はない)、他国からの侵略がないとか(71年侵略されてない)


ここまでが大前提。
で現実に即した本題なんだが。。勝者が勝者になるゲームをやっている、わりには、人生ではさまざまなタイプの「むかつくヤツ」があらわれ、そして自分を不快にさせる。

これは、さっきも書いたとおりゲームなもんで、あんまり進む道が単調だとつまらんでしょ。だから登場するわけ。

もっというと、アナタが「こういうむかつくヤツが登場しないとつまらんだろうなあ」とゲームに登場させてんのね、究極的には。

つまり、自分が引き起こしてるのだと知ること。「神の試練!」とかおおげさに考えることじゃない。神の試練はたとえば大震災とか。何十億の人間が毎日誰に会うとか誰に罵倒されるとかそんな細かいこと、神の差配であるわけがない。

もうひとつ知っておくべきことはね、最初に、人生はゲームであると書いたけど、俺らの知ってるゲームのほとんどは成長譚でしょ。そこに異論はないだろう。いや、ゲームイコール成長譚と断言したいぐらいだ俺は。

苦難を乗り越え仲間とともに成長していく。たまに恋愛とか結婚とかしちゃったりして。
「苦難を乗り越え」は所与の条件なのよ。成長するために必要なわけ。

自分がゲームの最中にいることに文句いったってしょうがねんだよ。「それぞれの人生ゲームを遂行すること」がデフォルトで俺たちに与えられてるミッションなんだから。
前提なの。

そしてなんと!先ほどかいたとおり、ふつーにがんばれば勝てる!というゲームに参加させてもらってるわけ。そう、じつはみんなが思ってるよりは難易度高くはないのよ。

ただ、「どこであがるか」なんだよね。。成長譚なんだからある程度成長して仲間やら、配偶者やら、モノやらカネやら、まあなんでもいいんだけど、そういうのをゲットして上がることもできるし、ゲット「しない」選択もありなんだよね。それも自分の選択なんだよね。

まぁふつうに考えれば、苦難を回避すればストレスは減るかもしれないけど、得るものは減るわね。で、その状態で「あがり」してもいい。別に止めはしないよ、と。


そうそう、またむかつくヤツの話に戻るんだけど、これが結論、かな? かなり書ききるのが難しいかもいれないが。。

人生におけるむかつくヤツ対処法は、まずは回避することなんだよ。これは、正しいの。「逃げ」でもいいや、自他ともに逃げと思われても、別にかまわんよ。

ゲームだって玉がきたらよけるでしょ。インベーダーの時代からそうじゃん。

1回目の回避スキルを上げておくと、まずそこで8割ぐらいは「再発」しない。が、逃げてばかりはいられない。かならず「ぶちあたる」ときはくる。

それが「苦難」だから、そこで初めて、「乗り越え」が発動されるわけね。

なんでもかんでもぶちあたってたら即ゲームオーバーだから。だから回避スキルって重要なのよ。「やりすごすすべ」とでもいおうか。

ただね、これが、日本人に多いんだけど。。2回目の回避スキルとでもいおうか。1回目の回避スキルでもかならず何かしら自分にぶちあたってくるんだよ、ゲームなんだから。

ところが、それがきたときに「対峙しない」というかね、受容「しちゃう」というか。あえて厳しい言い方すると屈服する。服従するっていう感じで「回避」しちゃうわけ。

そうすっとそれがストレスになって、ストレスをためながら死んでいく。だってすべてのぶちあたってくるものたちに対してそういう対応をするんだから、ストレスがたまるのは当たり前だよな。

まあそれでも勝ちっちゃ勝ちなんだけどね。大勝ちではない。
最初に書いたとおりもはや内戦とか戦争とかはないわけだから、隷属しても殺されるわけではないから、そういうやり方もありなんだよね。
隷属いたら即殺される、だったら、誰もやらないでしょ。

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人生ゲームにおけるそういう試練系は自分を成長させるため、なんだけれど、なぜ成長するか?はふたつのパターンがあるのね。それは、自分の長所がますます強くなるか、自分の短所が減るか。
そういう試練に遭遇して、対峙して、創意工夫してそれをやっつける過程で苦手だったことができるようになったり(苦手イコール短所ね)、あるいはもともとの自分の長所でもってやっつけるんだったら強くなるよね。

むかつくヤツ、にひきつけて考えると、長所でもってやっつけるのは、ライバルだよね。ライバルって自分と似たニオイを感じるがゆえにむかついたりするじゃん。
で、おたがいの得意分野が一致していて、その分野で競うわけでしょ。そりゃ伸びるよね。

短所を減らす方向のケースは、そのむかつくヤツは「自分と同じ弱さ」をもってる人間。成長譚なのだから、その「弱さ」をもっているうちはどこまでもそういうヤツがふらーっと引き寄せられる。類ともだしね。

自分と同じ弱さをもっている人間があらわれるとむかつくんだよね。。で最初はその理由がわからんのよ。つか自分もまったく同じ弱さ(ほぼイコールで短所)を持っていることに気づいてないのね。でもすぐに、うすうす気づいてくるんだけど、認めるまではいたらない。

でも「認める」ことができれば、その短所はすーっと減っていく。なくなるかもしれない。そのむかつくヤツも同じ。自分が認めることで相手にも良い作用を及ぼすことができる。

でもね、100%そうじゃないけど。なぜなら、ゲームで登場する、弱さをもったむかつくヤツって高い確率で俺とかアナタよりも人間としてできてないから。
でもまあ、そのむかつく相手もアナタと対峙することにより少しは良い影響を及ぼされる。だから、結果は気にしなくてもいい。ゼッタイに影響はしあうんだから。そいつがなんも変わらんようにみえてもほっとけばいい。バイバイすればいい。

でね、自分と同じ長所を持っている人間があらわれてけしかけられたときにそっこー負けを認めたりとかさ(従属)自分と同じ弱さをもった人間があらわれたときにそいつに対して対峙せず卑屈になっちゃったりとか、あるいは傷をなめあっちゃったりとか?
そういう対処法も、あるっちゃある。でもおすすめはしない。それでは人生大勝ちはできないし、常に通奏低音を抱えたまま小勝ちで死ぬことになる。
たとえれば「メダルを狙っていたのに7位入賞」とかね、そんな感じね。

自分に甘くすることができる頃合い

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何年もかかるけどもたとえば良質な生活習慣がある程度確立されて、あ、もう大丈夫なんだな、と思ったところで、自分に甘くすることができる。

それが、ごほうびだよね。

そのころ合いは、難しそうだ。自分は、どのぐらいからだったか。。

もとの怠惰な自分にはもう戻らないだろう、という確信を得るとき。

戻ってしまうってことは、そっちのほうがラクで楽しいってことだよね。戻らないということはもはやそっちが「どろどろ」してみえるんだよね。

怠惰な自分が「ダサ!」みたいな。

ごほうびって具体的になに、といえば、無期限でその生活習慣をストップすること。

おいしいものをむさぼり食うように、その他、享楽にふけるかのように、良質な生活習慣がない生活を満喫する。

自分には「いつでも戻っておいでー」と。

で、だいたいイヤんなって戻ってきます。ホントに。嫌悪している自分になっていくからね。そうなってしまわないように、ある程度の生活ができている、節制のできている自分に感謝しながら、戻ってゆく。

自分と、内面の自分との関係性が、強固になる。

あとはね、なんか身体が疲れたなー、と思ったら、日次の習慣、ルーティンは休んだらいい。疲れがとれるまで。

心底休めるからw

で、身体が元気になったら戻る。つまりね、生活を維持するってのはね、パワーがいることなんだよ。健康じゃないとできないってこと。

第六感によばれたら、行くんだよ!?

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相手?は時間の概念ないんだから(笑

でも夜は第六感は出てこない?ってか、そうじゃなくって、夜は夢ん中で大活躍されている。
夜は第六感は「主体」なわけ。言い方変えると夢ん中は「オレ」自身の意思は主体じゃない。脇役。

昼間は完全に俺が主役(「になってしまっている」という言い方もできる)。

ふっと思いつくアイディアとかさ、おかまいなしじゃん。たとえば会議中だったり。
手がはなせないときのほうが多いよね。
つまり、アイディアは出ろ出ろと願うときは出ないっていうこと。

話ちょっと違うけど「便意」だっておかまいなしじゃん?
逆に、催してほしくないときに限って催したりする。

第六感が現出?するときっていうのは、地上界の状況なぞおかまいなしw 俺ごときのどんな用件よりも大事(なはず)。