元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

人を引っ張り上げるには力が要る(比喩)

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人をどこか下からぐいっと引っ張り上げたことがありますか?

 

引っ張り上げるには相当な力が必要で、具体的には引っ張り上げられる人より

も1.5倍以上は力持ちでなければ、自分が引きずりおろされる。

相手に悪意がなくとも、だ。

 

相手は死ぬ気でしがみついているのだ。それに対してこっちは余裕をかまして

(表面上は)引っ張り上げなければならない。

 

相手は両手で、こっちの片手にしがみついてくることがある。

こっちのもう一方の片手は何かにしがみついて必死に耐える。

 

ごく一般的な大人では、やっとこさ子どもを助けられるぐらいだ。ふつうの大

人は大人を助けることはできない。はっきりいって。

一人で助けようとせず、助けを呼ぶのが肝要だ。また、仮に、そこから逃げ出

したからといってそれは必ずしも弱虫とは限らない。自分ではゼッタイに助け

られないとわかったときに逃げる、というのはふつうの庶民の行動だ。他人は

それを責めることなどゼッタイにできない。てめえが同じ立場だったらそうす

るに違いない。

 

 

このたとえは人生のいろいろな局面のたとえだ。

主体性を発揮する、というフェーズにおいて、もう地味なままではいられない

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主体性を発揮する、というフェーズにおいて、もう地味なままではいられないのです。

このIT業界では主体性を発揮する仕事のやり方自体が目立つし、自分が目立っているという自覚ができてくるとどうしてもファッションに気を遣わざるをえなくなります。

他人の目も気にするようになります。それは、良い意味で。客観的に、自分はどのように見られているのだろう?ということが気になるようになる、ということです。そうすると、「振る舞い」についても100%天然というわけにはいかなくなります。
他人の目を気にする、状態にならざるを得ない。ところが、それはけっこう窮屈ではない。セルフプロデュースができるのです。天然のままだと他人の評価もいきあたりばったりですが、セルフプロデュースして、相手の自分に対する印象もある程度コントロールしてゆくことができます。

この連載で何回か触れていますが、女性はすでに子供の頃から、自然とやっています。

僕はヒマ人が好き

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僕はヒマ人が大好きです。いつ連絡とっても予定が空いてる人が好き。僕の友人知人はそういう方ばかりです。(そういう方としかお付き合いしようとしないので、自然とそうなる)


もちろん僕自身も自他ともに認めるヒマ人を目指していますし、そうなりつつあります。


ただ誰かと飯食ったり飲んだりするだけなのに、「候補日をいくつか上げよ」とか時間は何時にするとかどこにするとか誰を呼ぶとか、その過程でもう興ざめです。


「今日ヒマ?」

「ヒマにきまってんじゃん!」

「カレー食べにいこうか!」「いいね!」

と、ぽんぽんぽーんと決まってゆくような、そういうノリで人生いきたいものですね。


ケータイが普及してから、予定をドタキャンされることが多くなった時期があって、それ以降あんまり他人と飯を食わなくなったように思います。


たとえば飲み会で居酒屋を予約したとして、10人で予約してもトラブルとか体調不良やらなんやらで半分しか集まらず、10人分の料理が出てきて5人で割り勘する、とか。


なんというか。。人と逢うという「予定」が、軽くなってきているのかな、と。


そして、ケータイが普及してから、忙しいフリをする人が爆発的に増えました。おそらくそういうのを見て、僕はそれを反面教師にしているのだと思います。

自分が、忙しくないのに忙しいフリをしていることにすら気付いていないような。
イコール、「時間に追われ続けてしまう人が増えた」あるいは「(世の中の流れが早くなったことを言い訳に)時間管理ができなくなってしまった人が増えた」ということではないかな、と。


そういう人だらけの集団に紛れていると、自分もそうなってしまいますので。。


一旦、「オレはいつでもヒマ!」宣言しないと、ダメだと思います。いつでも予定が入っているふうを装うのではなくて。


ビジネスも結局ヒマ人が勝ちます。忙しい(忙しそうな)人はなんか敷居が高くて。。大事なビジネスチャンスをかなり逃していることに気付いていないのでしょう。


いずれヒマ人が世の中を変えてゆくことでしょう。なぜなら、忙しい人たちは現状を「こなす」ことが精一杯だから世の中を変えてゆくことはできないのです。

村上春樹さんに共感する理由

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村上春樹さんは、いつまでも根にもってるところが共感できるんだよねー

自分たちの世代(団塊の世代)が皆理想を捨てて(機動隊にやられたぐらいで)企業に走っていったことを、同世代を批判している。

完全に庇護された大学のキャンパスの中でだけ理想語りやがって、ぐらいな勢い。

ちなみに糸井重里さんも同世代で、同じように団塊の世代を批判している。糸井さんと村上さんが違うのは、前者は完全に学生運動の中にいた、ということ。一旦総括して、その後批判にまわっている。

それは、勇気がある。団塊の世代はねずみ色のスーツを着たサラリーマンになり、居酒屋で「オレも機動隊に石投げたもんだぜえ」と部下にとぐろを巻いていた。そんなとき糸井さんも村上さんも社会の中心で社会そのものと闘っていた。独りで。

だから、共感できる。


オイラも、すべてを許すことなどできそうにない。もし許すということが、水に流すこと、忘れることなのだとすれば、オイラは、いつまでも忘れてはいけない事実(許さない)はあるのではなかろうかと思う。しかも、たくさん。


日本のあの世代の政治的な大学生がヒッシこいてノンポリを非難していたくせに、70年を境に政治性をカンタンに捨て去ったという事実。

人でも組織でも、カンタンに「転向」して開き直っている人たちに対しては、それ以前のその人たちの歴史を「終生」水に流してはならないと思う。

つまり、カンタンに許しちゃダメなんだよ。

失敗してもだいじょうぶ

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20代~30代半ばって、会社から給料もらえて勉強させてもらえるってゆー超・貴重な時間なわけさ。

人生において2か月ちょっとしかサラリーマン生活をしたことがない、そこから逃げ出した人間から言わせてもらうとね。。現代人は30代半ばまで、モラトリアムだよね。
ま、やっかみは入っているがw

とにかくね、ゼッタイにリーマンになれなんていわんから、とにかく20代~30代半ばってどんな手段をつかっても「勉強」すべきなんだよ。オレもリーマンから逃げたら実は逃げた先は生々しい「社会」でさ、そのほうがキツかったってゆーw
「社会」とかいうよくわかんない総体に勉強させてもらいましたわ。。(遠い目

若手リーマンはね、会社という組織に身をおき、理不尽さとかそういうのに「もまれる」だけで基本的にオッケー!それが「勉強」。

フリーターとか?院生とか?はたまたボランティアとか?「そういう方面」で時間を「ツブす」覚悟ができているヤツも、別にその決断は尊重するから、とにかくその与えられた場で勉強するっていう意識を忘れないでほしいなあ、と。


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会社組織ってね、下のほうってほんと、うんざりするぐらい、指示待ち「気味」なヤツばっかりなんだよ。

なので、若いヒトたちは、会社の仕事で、失敗してもぜんぜん大丈夫なの。ただし、積極的に攻めていっての失敗ね。

なぜなら会社ってのは仕事のおいて積極的に攻める姿勢がある若手なんてあまりに貴重すぎて、絶対に育てるしかないのね。クビになぞ絶対に、絶対にできない。

だからもっと若いヒトは自由にやって構わないと思うのね、会社という組織の中でね。しょせん箱庭の中の自由なんだがそれを知るのはもっと後でもいいんだよ。

「myウラミシュラン」の基本スタンスについて。(あらためて)

stevengerrard.hatenablog.com

僕は、本業は飲食業でもないしサービス業でもないけれど、いつも真剣に仕事に向き合っている自負があります。だから、仕事が終わって、オフで飲食店にいくときは、店側には真剣に仕事してほしい。同じビジネスマンとして。サービス業として、恥ずかしくないように。

ゆる~いカフェとか、けっこうキライです。ゆる~いカフェをホントに脱力してやってる人たちって、東京におけるカフェのパイオニアたちの過去の真剣勝負、戦略的に「ゆるさ」を出してきた経営努力を知らないんじゃないでしょうか。

たとえばヤンキー上がりでヤンキー臭が抜け切れてない(オトナになりきれない)ラーメン屋とか、そういう店はもっとキライ。お金をいただく相手の客に対して上から指示したりする。なんと大きなカンチガイをしていることか。

ゆる~く仕事したい、とか、ツッパったまま仕事したい、とか、店主が考えている店はどんどんツブれてほしい。僕は、東京にもっと「良店」が増えてほしいから、ツブれてほしい店の批判はどんどんしてきました。でも、僕がいってもいわなくとも結局そういう店は淘汰されてゆく。という意味では東京の飲食店業界はある程度自浄作用を持っているらしい、ので、期待は持てます。

客が誰もいないからといって、新聞読んだりテレビみたりパソコン眺めたりケータイやったり、それだけでその店のレベルは知れるます。

店員、店主の態度は必ずどこかで、見られています。(イコール、どこかでツイートされる/口コミされる)そういう時代なんです。

店を開けたら、クローズするまで真剣勝負。開店して、客が実際にそこにいるかいないかは、関係ない。いなくとも真剣勝負。それがアタリマエの、プロのスタンスだと思います。

僕は、飲食業界を客側からずーっと眺めてきて、オソロしくキビしい業界だということがわかっているから、飲食店はやれないと思っています。そして、数十年続いている店に対してリスペクトの気持ちを多大に持っています。

これから飲食店を始めようと思っている方、実際始めた方には、数十年続く店になってもらいたいと思っています。続く店というのは客に愛される店であるということ。客に愛されるためにどうすればよいか? というのは、まずお店側が自分たちを律していかないと、ダメなんです。特に脱サラで始める(始めた)人たちは、会社員だった頃の数倍、数十倍も自分を律していかないと飲食業は続けてゆけないのだ、ということに気付いているでしょうか?

最近、正当な批判をグルメサイトでできなくなってきていて、提灯記事しか書けないから、自分のブログで書く(しかないのです)。

血がうすくなる

stevengerrard.hatenablog.com

そうか。。と歴史の本読んでたんだけどさ、近親になればなるほど(結婚がね)血が濃くなって、子どもは身体的にモロくなったり、精神的に異常をきたす可能性が高くなるという。

と、いうことは、遠ければ遠いほど、血が薄くなって結果、人間は「強くなる」ってことなんでしょ?

いちばん良いのは、国際結婚、さらに、アジアじゃない遠いところの相手と結婚すればいいわけね。ざっくりすぎる言い方をすれば黒人と白人だよね。
それか南米。遠いしね。

スポーツでハーフが「強い」のはそういうことかー、と、この歳になって納得。(遅すぎ。
たとえば黒人と黒人との「近い」結婚による子供より黒人と日本人とのハーフのほうが強いかもしれないじゃん。


というのも、なんかさ、昔の封建社会でさ、村の娘たちがね、「若い旅人」がふらりとあらわれると、みーんな胸キュンになっちゃうんだって(笑)
遠い国の男子は、そんなにイケメンじゃなくとも(笑)エキゾチックってことで魅力的なんだろうなあと。

で、村の娘の中でいちばん魅力的な子を、その若い旅人がさーっとさらっていってしまうのだそうな。
その魅力的な子っていうのは、その村で一番の力持ちが惚れているわけなんだが(笑)、つまりね、女性からみて種の保存的にどっちが魅力的かって、守ってくれるに違いない屈強な男性(ただし「近い」)よりも、なよっとしている「遠い」イケメンのほうが良いと判断するってことだよね。


ていうことで、前時代的にガチガチの封建社会よりも、自由な国のほうが国力は強くなっていくんだよね。アメリカは、やっぱ強いんだよね、国力が。
人材が豊富なわけか。「強い」人材が多いんだね。しかもそれが3億人いるんだもんな。

人間としての「パワー」が段違いなんだろう。インドとか、中国よりもね。

スポーツだけクローズアップされちまうけどさ、実は本気で勉強させたら、ハーフのほうがアタマいいんちゃうかね。地アタマが。