元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

偶然と運

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結局「成功」者は、偶然に左右されてんですよ。

イコール運ですよ。違いますか?

だったら、どうやったらその運をつかむかっていう研究が盛り上がってくるのは、自然でしょう。

科学的に立証されないと納得しない、っていう人たちはとうの昔においてかれてんですよ。

あのね、結果的にはすべて必然なんですよ?偶然その人にふってくる出来事っていうのは。

わかりますか?

もっとわかりやすくいうと成功者は偶然をつかまえてるんですよ。

最初は、「偶然偶然をつかまえる」状態から、意識してそれができるようになるわけ。

つまり。。「兆候がみえる」ってことかな。

不成功者は、みえない。あたりまえだけど。

という意味では、機会はけっこう平等。見えるかみえないか、は運じゃなくてスキル。つかまえるかつかまえないか、はその人の自由だから知ったこっちゃない。

これは、アスリートにもいえることじゃないですかね。アスリートのたとえにすれば、けっこう食いつくだろうから。

日本にも世界にも同じぐらいの実力のヤツが何十万何百万人といて、でスポーツの世界で成功したヤツはほとんど、子どもの頃はオレよりうまいヤツばかりだった、みたいなこというよね。

ていうか今でもそう。大成功したヤツより、そのスポーツ競技の実力という意味で上のヤツはクサるほどいる。

でも、成功するのはNo1にうまいヤツじゃないわけ。それはなぜか?

は、オレにはわからんけど、アスリートってのは実力だけじゃのし上がっていくことはできないってことをよーく!知ってるから、たとえばゲン担ぎしたりさ。お参りしたり、「そっち方面」も充実させるわけ。

で、最終的には「人事を尽くして天命を待つ」なんだよ。

結局私の言いたいことは、みなさまご察しのことと思うが、小損をとっていけば運がよくなるという結論にしたいわけなんだけども、なぜ?はあんまり言及しなくともよい。なぜなら状況証拠はそろっているから。

だから、やってみてくださいな、としかいえない。なぜ?に納得感がないからやらない、のであれば「はいそうですか」としかいえない。

でもね、生活習慣のレベルを上げておくと「ぱっ」と、偶然をつかまえることができる可能性が、上がると思うんだけどな~

なぜかは、わからないけど、ここからは「神」的な存在がちらつきはじめるけど、そういう存在はいるかどうかもわからない。

でも、人間をこのような形態にした「意志」みたいのはこの宇宙に存在するんじゃないのかね。じゃないとなぜ人間がこういう形態をとってるのか説明がつかない。「DNAの設計者」ね。

まぁいずれ科学的に実証されて(運について)科学大好き人間は溜飲を下げるのかもしれないけれど、一歩先んじて、良き偶然をつかんどいてもいいんじゃないの。

我が子の味方

stevengerrard.hatenablog.com

いやあのね、揺るがない考え方として、子供らにはずぶずぶの味方であろうとしているよ。
何があっても、味方。

だいたい、建前論ではどの親でもそういうキレイゴト、いうよ。でも実際はそうではない。それはなぜか?っていうとね、基本、子供ってムカつくじゃないww自分の子供でも。いや、自分の子供だからこそ、自分にいろいろ言ってくるからクソ生意気だよねw

反抗期だしイラっとさせるし。。という状況の中でずぶずぶの味方であることは、そんなに簡単ではない。

でもけっこう、我が家はやれているような気はする。それはなぜかというと、長い時間かけて仕込んできたからなんだよね。

まずは親の成長?というかね、子供がどんなにムカっぱらの立つことをいってきても、とにかく受け流してみよう、という。

あとは親の躾だよね。反抗期であってもそういう、ムカっぱらの立つような発言をさせないようにする、みたいな。
それってさあ。。むっちゃムズカしいから我が家では若干反則の手を使いw とにかく、外ではどんな振る舞いをしてもいいから(さすがにおまわりさんに補導されちゃマズいが)、家では親の言うことを聞きなさい、みたいなスタンスで子育てしてきた。

だからウチの子は先生に評判はあんまりよくない(苦笑)。反抗。。じゃないんだけど、本人は単に議論してるだけだと思うんだけど。クソ生意気なんだろうな、先生からみると。
でも、親であるオレはそれを完全肯定してるしw だからうちの子らは通信表は悪い(苦笑)

通信表が悪いのは100%オレの責任だからw 先生とか学校の言うこと聞いて内申の点数上げとけとか、そういう育て方はしてないからな。

外で大人の言うことを聞かなくともよい、でも家では親の言うことを聞け(極端にいえば、だよ!)ってさ、実はね、当の親はむっちゃ大変なんだよ? 身の引き締まる思いとはまさにそのこと。

オレとか家内を指針にしろってことだから。「引き受けて」るからね。このプレッシャーたるや、けっこうなもんだよ。

「深いところまでどこまでも潜っていく」

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2016

河合隼雄先生のね、クライアント(臨床心理士時代の、精神的にかなり重症な患者)と一緒に「深いところまでどこまでも潜っていく」っていうのにオレは決定的に影響を受けたのね。まぁオレはクライアントがいるわけではないけど、家族とか取引先とか?が相手になるわけだが。

   01-16 22:31

 

   今流行りの言い回しだと「傾聴」に近いっちゃ近いけど、河合隼雄先生がやられていたことはそんな呑気な話じゃない。こっちも命かかってる、あっちも自殺するかもしれない、っていう瀬戸際なんだ。聴くだけじゃなくて「一緒に降りていく」ここに、冷や汗をかくぐらいのスリリングさを感じないか?と。

   01-16 22:33

 

   オレの場合そんな瀬戸際でもないんだが、相手とどこまでも降りていく「姿勢」つーか。。とにかく河合隼雄先生の理論と実践を日常生活に応用させてもらってる感じかな。「一緒に降りていく」と、こっちもけっこうツラいんだぜ、とはいっておく。あそんでさ、日本の現代のニ大巨大作家である

   01-16 22:38

 

   村上春樹さんもよしもとばななさんも、偶然だと思うがどちらも河合隼雄先生に私淑していて、でどちらも、河合隼雄の影響下に入る前から、同じように「無意識の深くまで降りていく」っていう言い方をしていたんだよたぶん。だから、クライアントと命がけで(無意識の)「深くまで降りていく」

   01-16 22:41

 

   河合隼雄先生の仕事に共感したのだと思う。作家の場合臨床心理士と違うから「作品」とやらと深くまで降りていくわけ。僭越ながらそれも、わからんでもないというか。。「物語」っていうのは、深く深く潜ったところから「拾ってくる」感じで、世界中の大作家はそれをできる「スキル」をもっている。

   01-16 22:46

 

   だから世界中の物語は似通ってくる。なぜなら無意識の深い深いところというのは世界共通だから。昔ならシャーマン的な選ばれた人材が「そこ」から物語をひろってきたのであろう。今の時代は選ばれた作家か。。決してニセ新興宗教の教祖とかではないのだ。村上春樹さんは別な言葉で、

   01-16 22:49

流せる、もしくは「いなせる」

stevengerrard.hatenablog.com

ビジネス上でのトークで、というか飲みね、接待とか? まあ打ち上げとか?
アルコールの入る席であ、こいつやるな、と思わせるのはね、その周りに群がる並み居る「小物」たちの言動を流せる、あるいは「いなせる」かどうかなんだよ。

そのへん、みられてるよ!

まぁ飲みの席だと「小物」どもが酔った勢いで議論ふっかけてきたりすんじゃん。くだらねえけど。「それ違うんじゃないですかー」みたいな?

逆にいうと、酔わないとゼッタイにふっかけたりできないのが小物。

こういうときに、完膚なきまでに論破するのではなく(容易にそれはできる力量を持っている)「なるほど!」と受け止め、かつ流すことができるか。
(ひとつのたとえ)

小物(バカ)は勝った気になるんだろうけど、飲みの席の局所的な論戦に一度敗けたところでまったく!傷はつかない。
どころか流すだけで周りの評価UP!!

(よくある?)労働と仕事論

stevengerrard.hatenablog.com

仕事を仕事と思わないほうが収入も上がり、幸せになっていくというのは、逆説的ではあるが「一面の」真理ではあるな。

そもそもオレの持論として、心理的あるいは肉体的な苦痛が「継続的恒常的」に続く「労働」が仕事だとはどうしても思えないんだよな。

それでカネもらえるって当たり前っていうか、身体のメンテナンス代?それって補償でしょ単なる。

「原価割れ状態」って感じ?身体がダメージ受けてんだからカネもらったってちっともうれしくねーっつーか感謝すらしたくねーっていう。

ただし!苦痛を「瞬間的に」伴うのはアタリマエ。仕事なんだから。

小損を積み重ね/ダイエット/引き寄せ などなど小ネタ集

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エンジニアライフのボツ原稿(の残骸たち)

 先ほど、自分が経験した損とこれから経験するであろう得とに因果関係はないと書きました。一方で、世の中には、直接的な因果関係をつくるための「お金」というツールがありますね。

 私が今、まさに書いている小損を取るという考え方が、間違いなく普及はしないであろうというのは書いている私がいちばんわかっているのですが(涙)、その理由は、ふつうの現代人はすぐさま「得」がほしいからです。

 損を取るのであれば、すぐに得がやってくるという条件なら構わない、ということです。

 こっちは損するのに、どんな得がくるかもわからず、得がやってきてることに気づかないかもしれない、なんて、この高度資本主義社会では言語道断、というわけですね。

 そこで登場するのが「お金」なんですけど、自腹を切れば昨今たいていのものが手に入ります。最近アマゾンで頼むと翌日に配送されてきますし(笑)。

 「自腹を切る」というのはとてもわかりやすい「損」です。数値なので最初から定量化されています。小損なのか大損なのか、自分が失ったお金で測れば一目瞭然。

 と、いうことは… 人間の願望というのはほぼほぼカネで解決できるという前提に立つならば、先ほど計画が大事と書きましたが、まずカネを稼げばいいのです。あるいはローンを組んでカネを借りればいいのです。

 と、いう意味では、「計画」というのは多くの場合、ゴールのバリエーション(何がほしいか)はほぼほぼ意味をなさず、いかにカネを稼ぐか、ということに収れんされていきます。

 これが、まさに、資本主義社会というものです(苦笑)。


 実践する人間には「人事を尽くして天命を待つ」というフレーズが、効いてきます。ただ念じているだけの人間には効いてきません。

 イメージとしては、自分もその対象を迎えにいくし、相手も自分という磁場に少しずつ引き寄せられてくる、そして、「相手がもといた場所に近いところ」で出会う、ということです。自分が、けっこう「足労」すること。

 あくまでイメージですのでツッコミはなしでお願いします。

 自分が対象に近づいていくということはプロジェクトを推進するということです。
そして、自分が成長するということがイコール自分の磁場を強くするということです。

 自分の磁場が強くなれば、対象は自分に引き寄せられやすくなります。が、実際対象を引き寄せられる(ように感じられる)というのは、ここが、「天命」なんです。
われわれではどうしようもないところ。いわゆるカッコ書きの「引き寄せの法則」のキモもここなのでしょうね。自分の磁場が偶然性を左右できるのか否か?という命題。

 でも、 ビジネスにひきつけていえば、方向性が正しい努力をしている人には必ず、たとえばよき出会いがあったり、びっくりするような偶然があって逆転で受注できたり、とか…

 そういうのは必ず経験しているはずなんですよね。

 そのキモのところはあくまで偶然の産物なので、本当はマニュアル化とかはできないものなのです。インチキでマニュアル化して高額で売りつけている団体はあるようですが(苦笑)

 重要なことは…「あきらめ」。

 あきらめの前にまず、自分の努力の方向性はまちがっていないかを冷静に確認するということ。(努力してない、は論外です)

 自分の努力の方向性はおそらく正しく、対象に近づいていっている実感があっても対象が近づいてこないようであれば、あきらめましょう。あきらめることはとても重要なことです。

 なぜなら、人生で与えられた時間は有限だからです。自分の磁場にまったく引き寄せられてこない対象を追いかけ続けてる時間は、ないんです。

 

 

 たとえばそれが仕事だったりして、あっさりあきらめることができないのであれば、もっとアタマをつかって、着地点を変えることですね。たとえば到達目標の売り上げが自分のキャパの2倍なのであれば、自分は1.5倍がいっぱいいっぱいです、と上司に懇願する必要があるかもしれません。

 そういうのがまったく受け入れてくれないブラック企業だったら辞めてしまえばいいのです。

 甲子園で優勝するためには優秀な人材を集めて優秀なコーチのもとで効率的かつ密度の濃い練習をするというのが大・大前提条件なのですが、その方法でホンモノの実力をたくわえたとしてもぽこっと、地方大会準決勝とかで負けてしまうことが、あるんです。

 優秀な人材を集めるといったってどの強豪校でも同じようなことをやっているわけですから、最後は「人事を尽くして天命を待つ」しかないのです。

 ここまで、まったくアヤしいことはいってませんね(苦笑)。

 某地方の某野球の強い強豪校の某監督は、この最後の最後で天に味方してもらうために、小損を取ることを生徒に実践させています。使っている言葉は「小損を取る」ではないですが、やっていることはまったく同じです。

 ここの高校は、人材的には、ピカ一の逸材を集めることができない。がためにこういうことを実践し、結果、全国レベルの強豪校と互角にわたりあっています。


 真夜中に、セブンイレブンに売ってるなんとかというお菓子を無性に食べたくなっ
たら、ただ行き、そして買うだけです。

 おっと、これをいってしまうと身もフタもないな…(苦笑)

 夜中に食べたくなるシリーズの続きですが、自宅にいるとき、深夜にどうしても、たまに職場近くで飲んだ後〆で食べているこってりラーメンが食べたくなった、と…
 行くにしても、終電終わってるし… みたいな?

このぐらいになると、直線的に、行って買ってゲットする、というわけにはいかないので、我々の頭の中では「計画」が発動されてきます。

 まず「計画」(すなわち"Plan")フェーズにおいて「おいおい、ホントに食べるのか?」「ダイエット中じゃないの?」とかそういう葛藤があり、でもお腹がぐーぐー鳴ってしょーがない、という喫緊の状況下でもあり(笑)、まず、"Go"/"Not go"が
決まってきます。

 本当にそれを食べるのであれば、まさに今タクシーに飛び乗って出かけるという選択肢もありますし、もう眠いし面倒くさいから動きたくない… というのであれば、「今はコンビニでカップラーメンでお茶を濁し、月曜の11時半にそこのラーメン屋に駆け込む」という選択もありますね。

 あるいは、自宅から歩いていける距離の駅前の、求めているラーメンとはちょっと違うあっさりラーメンで手を打つとか(笑)。

 こういうのも立派な「計画」です(笑)。 

 何がほしいのか? 何を実現させたいのか? その規模が大きくなればなるほど難易度が高くなるので、”Plan”にかける工数も大きくなります。

 そして、実際のIT業界におけるプロジェクトと同じように、莫大な工数をかけても完遂できない(実現できない)ことも多々ありますよね。

 あるいは”Plan”のフェーズで「今のオレにゃムリだね」とあきらめることもあります。でも、どんな規模であっても、どんなに荒唐無稽であっても、死ぬほど「ほしい!」「実現させたい!」というのであれば、もう少し智恵が出てくるものです。

 ビジネスの成功本は、おおよそそういうストーリーで書かれていますね。あ、あと「プロジェクトX」もそうでした(笑)。

 それが高いか安いか、大きいか小さいか、は関係なくって、何かモノ/コトを強く欲しい!!とと願い、実現させていくことは、未来を自分の思うがままに変える、ということなんですよ。

 コンビニでコーヒーを買うのだって、そうなんです。コーヒーを飲んでカフェインを摂取してほっと一息ついている、という未来予想図を実現させにいってるだけですからね。

 そして、強く願い、実現させる、の間には神は介在せず(苦笑)、"Plan"と"Do"があるだけなんです。"Plan"の品質が上がれば上がるほど、"Do"の品質も上がりますので、実現の可能性はあがります。(コンビニのコーヒーの例のように、簡単に実現させることができる場合は、計画は一瞬で終わりますがw)そして「強く願い」が強ければ強いほど、人を引き付けるんですよね。それを実現させるためにManPowerが必要になることは、規模によってはありますからね。

 えっと引き寄せの法則と「小損を取る」と"Plan"/"Do"の話との関連性についてはわかっていただけましたでしょうか?(苦笑)

 それをドキュメンテーションするかどうかの話で、やりたいことを実現できている人は、「両輪」でやっているはずです。つまり、私のこの「小損を取る」理論と似たようなことを必ずやっているはずで、それぞれの方が未来を明るくする具体的手法をもっているはずで、その手法によりなんとなく未来を明るい方向へ向けながら、具体的な計画をたて、そしてそれを遂行している。


大損小損の境目は「やべ。」

なんかうまくいってる感のある、いろいろ引き寄せてる「風」の人は、たまにいるんですけど、実はこういう方って無意識のうちに小損をとれてる人なんだと思いますよ。

私のように育ちの悪い人間(苦笑)は、そこに至るまで訓練が必要なわけですが、親の躾、教育、家庭環境が素晴らしかった人というのは社会に出た時点ですでに「小損を取る」の自動化ができているわけです。だから、強い。

そういう方の印象って「しなやか」なんです。

さて

小損を取るというベースがあり、引き寄せの法則の恩恵にあずかっているように見える人というのは、それは「たまたま」です。(ここ、重要)

小損を、「下心」なしに自動化して行えるようになった人は、小得なり、小得が積み重なった結果としての大得を引きます。(略)

なのでこれは「引き寄せ」とはまったく相反する考え方ですよね?

ここまでが前提。さて、どんな得を引くのかわからないのであれば、たまたま!自分が具体的に、強く、望んでいた事象を引き当てることも、ありますよね。「たまたま」。

そうなると、実現したほうもびっくりなので、周りにいいふらします。結果としてまるで「引き寄せた!」みたいになっちゃうわけです。

もうひとつのケースとしては…

まず、小得/大得を引くということは、イコール、「人生が好転する」ということです。ここまでは、異論ないですよね。

ただし、好転といってもじわじわです。

でも、じわじわであっても、好転していけば、マインドも変わってきますよね?当然。少しずつ、ポジティブに変わってきます。

(あくまで、少しずつです)

そうすると、ですね、ふつうの人は、何か強く願い事をしていたことなど、忘れてしまうのです。

何かを強く願っている状態、というのは、ほぼほぼ、人生が好転する前なんです。だから、望むわけですよね? 一発逆転的な何か、を。

でも、好転が始まると、その願っているものは必要なくなってきちゃうんですよね。

 たとえば「報われたい」とか「感謝されたい」とか… 小損というのはそういう目的で取っていくわけではありません。当然、お金をゲットするためでもありません。

 小損を積み重ねている過程で、ぽこっと願いがかなうことはありますが、それはただの偶然です。

 そういうヒト(下心があるヒト)は、また「矯正」が必要なんですね… そういうヒトは、「こんなにオレ(アタシ)が小損をとってんのに、ぜんぜんいいことなんかねーじゃねーか!騙された!!」とか言い始めて、やめちゃうんですよね。

 その考え方が根本的に間違っているのです。あるいは、「ぜんぜんいいことなんかねー」といいながら、毎日お腹いっぱい食べて生きていること自体が、その人にとっての「小得」なのかもしれません。

 というかそういう考え方の人には「小得」しかきませんよね… 人生のバランス的に。「小得」を引いているだけでもうけもん、というか。

 未来を「なんとなくいい方向に変える」ぐらいしか人間はできない。

IT技術者の悲しい性(笑)

 

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ずっと、目の前の仕事の生産性を上げていきましょう、上げ続けていきましょう、そうすれば劇的なパラダイム・シフトが起こりますよ、という話を続けてきているのですが、その最たるものについて書きます。

 今の時代、SEが生産性を上げていくとどうなるか。

 答えは、なぜか会社から仕事をとりあげられる(苦笑)。

 そして、大多数の自分より仕事ができない(生産性が低い)人間に仕事を「やらせる」のが仕事になる。

 それは部下だったり常駐パートナーだったり下請けだったりベンダだったりハケンさんだったり...

 あるいは自分の上司に仕事を「やらせる」こともよくありますね。

 やらせるだけならまだしも...

 いつの間にかオプションがついて、「育てる」がミッションになってきます。

 なぜか、部下だけでなく他の会社の人間も、上司すらもいっしょくたに育てゲーをしなければならなくなる。

 なぜなら、育てないと、育ってもらわないと、自分が忙殺されてしまうから。

ちなみに、ここでいってる生産性の高い低いというのは所与の能力、スキルではありません。努力を惜しまなかった結果として自身が生産性が高くなれば自然、周りを見渡すと皆生産性が低く見えるということです。つまり、相対的な話です。

 旧態依然とした会社ほどそういうところありますよね。スターを発掘すると、そのスキルを横展開するようそのスターに強要するというか。

 「オマエばかり生産性高いのはズルい!みんなに分け与えよ」みたいな。

早く帰れるはずなのに、わけわかんない内部の勉強会開けといわれてパワポ数十枚準備させられたり。しかも業務時間外に。

 しかもこれ、まったく余計なお世話なんですが、上層部はそのスターに対する会社の「親心」だと信じて疑ってないわけですね。育てゲーをして、オマエも育て、と。

 でも、会社の親心というのは、スター候補生を飼い馴らしていくため、その後出世すると仮定して、その会社独自のしきたりを教えて出世の障壁を少なくしてやる、ということであって、エンジニア/ビジネスマンとしての市場価値を上げてあげようという親心ではない。決して。

 会社としては、もしそのスターのスキルがまんまと現場にトランスファーされるのであれば、現場のスキルが底上げされて一石二鳥ですが、ところがどっこいそんなにうまくいくことはほとんどなく、結局底上げどころかただ「薄まる」だけなんですけどね。

 組織としては強靭になるはずもなく、脆弱になっていくだけです。

 現場でくすぶっている方々を育てようとしてもそもそも育ちません。なぜなら自身で育つ(生産性を上げる)気がないからです。その気があればとっくに育っていたはずです。

 会社に入って何年、あるいは何十年、生産性が低空飛行のままだった人間は、基本的にずっと、これからもそのままです。

 だから、育てゲーしてる(させられてる)方は毎日イライラします(苦笑)。

 「あーみてらんない!」「俺がやる!」と自分がやって、自分の作業の品質のほうが良いがためにその場をまるく納めたとしても、成果を出しても、なぜかオコられる。

 なんでオマエがやるねんと。部下を育てろと。

 あるいは、オマエは単価高いんだからワークするなと。

 そりゃ、ストレスたまりまくりですよね...

 自分が生産性高い人間になると、結果、毎日職場でイライラして過ごすことになる。これが「劇的なパラダイムシフト」(苦笑)。

え?そんな結論でいいの?(笑)

 だいたいですね、スターを発掘したらその人にまんまと育てゲーを押し付けるのがそもそもおかしくて、ほっといても仕事する(そして結果を出す)人材なんてホント貴重なんですから、勝手に好きなようにやらせておけばいいのです。

 今上層部に居座ってるヒトタチが、まだ現場の管理職だった頃にそういう生産性の低い人材を矯正して、育てゲーしておくべきだったんじゃないですか?

 それができなかったんでしょう?まんまと失敗したんでしょう?

 と、門外漢の私なぞは思いますけども(笑)。

 生産性が上がってくるとふたつの意味で目立つようになるので、

① 結果が出る ② 帰りが早くなるw

 ほとんど会社からのイヤガラセみたいな感じで「抜擢」をされてしまう。

 会社組織における「抜擢」とは不思議なことに「ますます活躍できるステージを与えられる」ではない。

どちらかというと「活躍を制限させられるステージ」

 せっかくの高い生産性は一旦高止まりした後に漸減し、多くの「元」スターは管理職になった後「ふつーの人」となり、会社に埋没していきます。

 スター社員が、ますます突き抜けていくことがもっとも会社への貢献となるのにもかかわらず、それを望んでも受け入れられず、無用な育てゲーで疲弊していく。

 これは、その会社単体ではどうかわかりませんが、間違いなく「社会的損失」です。

 そういう光景を日常的に見ていればどうなるかといえば、結局誰もが無用な抜擢を避けるために生産性をあげようとはしない。

 「クビにならない程度に頑張ろう」というヤツですね。

 あるいは、たとえば野望を持っている、等の特殊事情により生産性の高い(高くなった)方々はその会社、あるいはこの業界に見切りをつけて去っていく。

 最初からIT業界は腰かけであると割り切っているのかもしれません。それはそれで、よいと思いますが...

 その会社から飛び出してしまえば新天地で活躍できるのでしょうが、もっともよくないと思うのは、生産性の高い方がまんまと懐柔されてしまうケース。

 その会社「だけ」で通用する人材に変貌させられてしまう... すなわち生産性は「並」へ逆戻り。

 せっかくセンスも才能(努力の才能)もあるのに、最終的には「クビにならない程度に頑張る」人たちと同じ組に入れられて、ラットレースをさせられてしまうのです。

 大変残念なことに、生産性が並のほうが会社という組織においては居心地がよいんですよね。そのヒエラルキーが強固であればあるほど。

生産性が高くても低くても居心地が悪いので、「並」に収斂していく。

 所与の才能はそれほど関係ないので、効率のよい努力を継続することにより、生産性や作業品質でもって現場で突出することは誰でもできるのです。

珍しくフォローしておくと(笑)それがこの業界のよいところではあります

 でも、そうするとソンすることばかり(丸投げ、尻ぬぐい、火消し、昇進という名の管理職への配置転換)。

 だから、この業界は変われないのです。

 この業界で慢性的に労働時間が長い原因も、そこですよね。

 よく言われる物言いを使わせてもらうならば、そもそも「適材適所じゃない」ということです。

 その原因は主にふたつあって、ひとつめは、会社側は自信をもって、適材適所だと思って人員を配置するが、それが笑ってしまうぐらい間違っている。

 もうひとつは、適所つまりポストがないんでしょうね。なぜポストがないかというと、キャリアパスがスタティックすぎる。旧態依然としすぎているということなんでしょう。

 IT業界、特に私のよく知っているインフラレイヤはずっとこの問題を抱えたままで、ドラスティックなカイゼンを先送りにしてきました。

 結果、生産性が並のサラリーマンSE(インフラなのでコーディングもできない)を大量に発生させ、やたら人海戦術&根性論でプロジェクトをまわすのが常態となり、足りないスキルセットについてはトンガった人材を外部から法外な単価で雇ったりしています(苦笑)。

出る杭を見守らず、手当たり次第打ち続けているがために気が付くと内部に人材がいないという...

◆結論

 これを読んでくださっている同業者の方は、ここまで書いていることに真新しさは感じないでしょう。たくさんの方がいろいろなところで指摘していることです。

 そして、指摘あるいは提案だけは喧しいのですが、ここ20年?ばかし、抜本的には何も変わっていないところでもあります。

 なぜ変わらないかについては前回書きましたが...

 このままだと、そろそろ泥船が沈んでいくように見えます。

 生産性が高い人間は、いなくなるかあるいは仕事がきわめてやりずらい環境になって生産性を下げざるを得なくなり、生産性の低いままの人間の仕事の多くはキカイにとられちゃうわけですから。

 ではどうすればよいか?

 それでも私は、こつこつと努力を積み重ねて生産性を上げていくことをお奨めしたいです。

 まぁいってみればコソ練ですね(笑)。

 ちょっと孤独になってみることです。

孤高?

 そして、生産性を上げた(上げてしまった)ならば...

 もっと思いっきり、自分のやりたい仕事を長時間好きなだけやれる環境、いわばマイブラックな環境を、つくってしまえばよいのです。

 IT技術者は根っからブラックなので(笑)やりたい仕事をずーっとやっていたいのです。

 そしてIT技術者がやりたい仕事をずーっとやっていればそれが「適材適所」なのですから、業界全体の生産性も上がっていくはずです。

 というかそれが自然な流れになってきます。これからの世の中は。

やっと!

 ただし、私が棲息しているインフラレイヤは、そういう流れになるのはずーっと先でしょうね。私はもはやこの世にはいないかもしれません(笑)。

 そういう環境、自分のやりたい仕事を好きなだけやれる環境を今現在、どうやってつくるのか?

 たとえば現在卓越した技術力があり、にも拘わらず、毎日言うこと聞かない、生産性低いSEの管理業務に忙殺されている方はどうすればよいのか?

 それは、この場の答えは「自分で考えましょう」ということですね(爆)。それを書いてしまったらつまらないでしょう(苦笑)。

 とにかくまずは飛び出すしかないでしょう。

 ポストは待っていれば与えられるものではなく、居心地のよいポストは自分で自分に準備するものである、という考え方に変わることですね。これこそがパラダイム・シフトです。

あー、やっと結論に着地した...(ホッ)

 別に会社をつくれといっているわけではありません。どこかの会社に自分にふさわしいポストがあるのであれば、転職してそこに落ち着けばいいわけですから。

 それでも今の環境から飛び出すのには変わりありません。そして能動的に自分にふさわしい場所を探さなければなりません。

 あるいは、今の会社の中でもできるかもしれませんよね。社運をかけたプロジェクトをふたつぐらい成功させれば、デキるメンバーを社内で引き抜いて好きな仕事させてもらえるかもしれません。

デキないメンバーをあてがわれるのではなく、自分でスカウトし、自分でチームをつくる!

 この、IT業界の積年の課題については、現在、パイオニアが苦労して新しいレールを敷いてくれているところですので(たぶん...)、あともう少ししたら、フォロワーはそのレールをたどっていけばよいだけになるかもしれませんね。

 それがあと何年、何十年かかるかはわかりません。スキームが抜本的に変わるのにどれぐらいかかるか?は、志も、生産性も高い方がどれだけ飛び出してきてくれるかにかかっています。

 多ければ多いほど、ドラスティックな変化は早い時期にやってくることでしょう。