元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

「5分後行動」批判

stevengerrard.hatenablog.com

 

自分の話だけど、8:30に●●駅前のスタバ待ち合わせであれば、8:0

0には自分はそこに入っていなければならない。と、思えないようじゃダメで

すよ。

だってその30分でメールチェックするでしょ。状況が変わってるかもしれな

い。朝は電車混んでるから電車や駅のホームではメールチェックできないから

ね。否、みることはできるかもしれないけど返信できないから。

 

8:00の●●駅のスタバに入るためには、ま駅探とかでルート調べると思う

んだけど7:50に駅着で検索するわね、当然。

 

で、7:00に家を出発すれば間に合うっていうのであれば、6:55に準備

完了。で起きるの何時、云々かんぬん。。

 

もっと前からの話すると、その前の日までに資料そろえておかないといけない

とか、本部長のスケジュールおさえるとか、まあいろいろある。

 

いやいや、ビジネスの話をしたかったんじゃないんだ。。

 

とにかくね、こういうのをきちっきちっと、実現させていくことのできる人間

は、いわゆる「夢」や目標といったものを実現させる能力が高いよね。当然!

 

ルーズなヤツは「夢」も目標も実現できねえよ。そんなの当り前じゃん。

 

とことんルーズなヤツは苦笑するっきゃないんだけど、いわゆる「5分後行動」

するヤツいるじゃん?ビジネスマンで。

 

こういう輩が、サイテーなのね。高い確率で人を待たせるヤツ。

こういう輩って、人を巻き込んでいくことができない。から、「夢」も目標も

実現できない。なぜなら、信頼が発生しないから。以上、みたいな。

 

 

あのさあ、どんな人間にもチャンスはくるわけ。近くまで、ね。

それをつかみとれるかどうか。いわゆる5分後行動のヤツは、チャンスをぱっと

とりにいこうとしても「5分後」だからさ、すでに誰かにとられてしまってるに

決まってんだろ!って話よ。

 

おせーんだよすべてが、ってこと。

 

5分前行動している人はぱっとつかもうとしたときに、まだ誰もきてなかったり

するわけ。ラッキー、みたいな。

 

んでさ、5分後行動のヤツは、10分前(5分+5分)にすでに誰かがチャンスをぱ

っととっていっちゃてるから、気づきすらしないってこともある。

わかりますか?

 

最後に、これがいちばん大事かもしれないんだけど

5分後行動のヤツってさ、ぱっととりにいこうとするとすでに取られちゃってる

から、「もうちょっとだったのに!」「頑張ってるのに!」って言い出すわけ

家賃を自分で払う必要があるのかなぁ?といったところから、だよ。

stevengerrard.hatenablog.com

あのね、「事実として」。
40万50万をゆうに超える賃貸マンションとか8千万超の分譲マンションとか、夜こうこうと明かりがついてるわけじゃない。

あるいはたとえばだけど池田山とかさ、元麻布とか、披露山とか、高級住宅街? ヒトが住んでるじゃない。温かい家庭を築いているのかどうかはしらんけど。

国籍がなんだろうが関係ない。住んでるという事実はある。


そういうとこに住んでるのはエイリアンじゃないよ、同じ人間。そして多くは日本人。自分とまったく変わらない。

ヘタすると学歴とか自分のほうが上だったり。でも収入はあちらさんのほうが上だわな。厳然たる事実として。

さて、「なぜ住んでいる?なぜ住める?」って、つきつめて考えたことがあるかい。

そして同じような問いだけど「なぜオレ(アタシ)はあそこにいない?」と。

99.9%の「こっちがわ」の庶民はそれをとことん突き詰めて考えたことがないんだよ。


あのね、とりあえずいくつかパターンを出すよ。

ガイジンの大使館勤めなんかは、もしかしたらオレらの税金から家賃が払われてるかもしれんよな。なんにせよ自分の給料から数十万の家賃を出していない。

安月給、つっちゃ失礼だけど、年収レベルではそれほど変わらないヤツらが、豪邸だったりタワーマンションに、自分の給料以外のところからカネを出してもらって、住んでいる。

だとしたらその、出してもらってる分もほとんど年収じゃんって話。

オレたちは、ただでさえ高くない年収の中から自腹で家を買ったり住まいを借りて住んでいる。

自分で、自分が住む住宅に自腹を切るのはアタリマエではない!!!!!

これがひとつめの超重要ポイントね。自分の家は自分で買って住む、とかバカ正直に考えるほうこそおかしいんじゃねえの?
ってのがサジェスチョン。


次。。いわゆる「社長」みたいなヒトもちらほら。。つーかかなりの確率でまじってるわね、「あちらがわ」に。

そういうヒトって。。家賃がどこから出てるか、とか愚問でしかなくて、どう見せかけるかだけだから。
つまりね、会社が出してるように見せかけてる場合もあるし(社宅扱い?)、自分が払ってるんだけど、その分自分の給料社長の強権で上げてしまえば自腹とはいえんだろ?

つまりねカネが云々というよりも「コントロール可能なポジション」ってこと。社長と社員との違いはそこにある。


以上だけど、わかった? 自身で勝手に、スジを通して。。とか「正々堂々」とかさ、そういうふうに考えてることのうちの多くはただの洗脳とかさ。

庶民(愚民)がそう考えていてくれたほうが都合がいいぜ、って考えてる悪党に洗脳されてるだけかもしれんよ?

ただし! そう決めつけるのもよくなくて、洗脳ではないかもしれない。「自洗脳」(自分が自分を洗脳して縛ってるだけ)かもしれない。
自洗脳の場合、厳密にいうと洗脳をしてるのはほぼマスゴミ。たまに親。


「正しい」ってさ、かなりアヤしいことがあるよ。正しいを押し付けられていることが多々ある。

叱らず、怒る

ameblo.jp

ちょっと(自分には)難しい話。。
まだ自分の中でまとまっていない。

とことんまで、自分が親から躾けられた(のであろう)「常識」を疑い、かつ現代社会に流れているなんとな~くな「ゆるさ」「節操のなさ」には迎合せず、自分の子供らとともに新しい「秩序」(?)を模索していこう!

とか考えてるとね、結局のところ感情のままでいいんじゃね?っていう。親も、子も。

子供は、外で相当ため込んでくるから(われわれがガキの頃と比べて)せめて家ん中では鬱屈をためないでほしいのね。
かといって、はっきり言わせてもらうと俺らオトナの社会も、そうとう昔と比べてため込んでくるよ、我々は。
だから、我々オトナもせめて家の中でまったりしたいなー、と。

親も子も家でまったりしたい。でも衝突してはならない。

結論は、間はしょるけど、親はやっぱ相当感情の陶冶が必要だとは思うね。安岡正篤さんの言うとおりね。
俗っぽくいえば、ガキのままオトナ(親)になっちゃいけないんでしょやっぱ。

孔子は七十にして心の欲する所に従えども矩をこえず、だっけ?そのようなことをおっしゃっていたらしいが、70じゃ遅すぎる。

おっと、話を戻そう。

親がね、子供を、自身の感情を抑えて叱るべし、っていう考え方が昔から嫌いなのね。
親だって感情のままに怒ったっていいじゃん、家で。じゃないと、この現代社会では、爆発しちゃうぜ? いつか。

ただ、親が家で感情のままにふるまうためには、資格がいるわけ。それがさっき書いた感情の陶冶ってヤツで。
ガキがガキのまま子育てしちゃいかんだろってこと。真に「オトナ」であれば、感情のままに子育てしても子供に悪影響及ぼさないだろってこと。

あそれとさ、親が子供を「叱る」ってさ。。たぶん北野武さんだったかな?いってたらしいんだけど、
「ペットじゃないんだから」ってね。

ペットだったら俺たち、けっこう感情的にならずに、「叱る」ことができたりするんだよ。
それは、あまりに違うから。相手が人間じゃないからね。
人間じゃないペットの粗相に対してマジ切れするのって単なるバカでしょ。

つまり、自分の子供を「叱る」ってさ、なんかペット並みに扱ってるっちゅーか。。
「お手!」みたいなさ。

自分の子供に対してはもっと、感情と感情でぶつかってってもいいんちゃう?って俺昔から思ってるんだよね。
で、けっこうそうしてるんだけどw

いやね、エラそうに教育論ぶってるヤツらの危惧してることは、わかるよ。
俺たち子供に対して圧倒的優位じゃん。メシ食わしてるわけだし育ててやってるわけだし、
当然力も強いし。

という力関係を利用して虐待したり言葉の暴力をふるったりして子供のトラウマになる、っていうのを恐れてるんだと思うんだけど、
でもそれは「感情の暴発」でしょ。

いわゆる「オトナ」であれば感情的にふるまっても感情が暴発することはないんじゃねえの、っていうのが俺の楽観的な考え方なのよ。

あとはね、子供ってホント、よくみてるから。。
子供を感情を抑えて躾れば必ず二面性が発生するわけで。それを子供は、見逃さないと思うんだよな。

それよか、子供にはあんまり親の表裏を見せないほうがいいじゃん、と。
けっこうダメな頼りにならない親であっても、裏表のない人間なのであれば、ちゃんとしたようにみえて(社会的地位もあって)、でも裏表のはっきりしてる人間よりよっぽどいいと思うんだがな。

「小損を取る」(17) すがすがしい1日のために

blog.goo.ne.jp

 いきなり本題から。なんか似たようなことを何回か書いているような気もしますが... すみませんしつこくお付き合いください(笑)。

 前々回の続きで、「すがすがしい」という感情?気分?状態?は、損か得かとかそういうレベルを超えて、常に貪欲にとりにいきましょう、という話です。

 #特にアラフォー、アラフィフ世代の方

◆すがすがしくなるためには(具体的に)

 朝、すがすがしく目覚めるためには、おおよそ3つの条件があり、

ふつーに健康であること(恒常的に痛い箇所がない)
仕事とプライベートがそれなりにうまくいっていること(クリティカルな悩みがない)
良質な睡眠をとっていること(ほどよい長さ、ほどよい深さ)

 ...けっこうハードル高いな...(苦笑) これをクリアできている日本人のビジネスマンってどれぐらいいるんだろうか?

 このような状況が恒常的に続いている人がいらっしゃるのであればもはや成功者ですよね。私も、毎日ではありませんがこういう日が増えてきています。いずれ成功者になるのでしょう(笑)。

 まぁそれは冗談ですが、アラフィフ世代が「朝目覚めた瞬間からすがすがしい」という快を経験してしまうと、もうヤミツキになってしまって、やめられませんよ(笑)。仕事は朝からはかどりますし、生活すべてが好循環します。

 自分自身を、自分で、仕事がはかどる状態(生産性が高い状態)にもっていく姿勢が大事だと思うのです。環境依存ではなく。それが結果的に「すがすがしい」の遠因になっていきますね。

◆すがすがしくなるための朝の生活

 さて、ふつうの人間がふつうに生きていれば、起きた瞬間からすがすがしいなどということはあまりないわけで、それを補完するのが良質な朝の生活です。

 つまり、目覚めた瞬間にすがすがしくなくとも、朝の良質なルーティンによりかなりいいところまでもっていくことが可能ということです。

たとえば、

朝早く目覚めてしゃっとカーテンと窓を開けて朝の空気をめいっぱい吸い込むとか
晴れた朝には外に出て思いっきり朝日を浴びるとか
家族で「おはよう!」と言い合うとかあるいは朝の散歩中コンビニの店員さんにおはようございますと挨拶するとか
自分に合ったストレッチ、体操、ヨーガなどを行うとか
サラダ・ボウルをつくってもりもり食べてみずみずしい野菜を摂取するとか、そしてそれを家族にふるまうとか

 こういうことを続けていれば、仮に朝の目覚めがどんよりしていたとしても、良質なルーティンがネガティブモードを少しずつ打ち消していってくれるので、良い1日のスタートが切れます。

 朝の目覚めがとてもよかったときなどは、朝のルーティンとの相乗効果で無敵状態に(笑)。ということは、朝の目覚めが良い日を増やせば、朝のルーティンとの合わせ技で、けっこう早いピッチで人生が変わります。これホントです。

 ただし続けないとダメです。ということは言い方を変えると続けられることである必要があります。続けられることというのは、行うと気分がよくなることであり、それは人によって少しずつ違います。ので、そういうルーティンを少しずつ見つけていけばよいと思います。

 それと、ルーティンは取捨選択ではなく足し算です。行うと気分がよくなること、は、貪欲に全部やればよいと思います。そのための時間を少しずつ捻出していきます。そうすると自然と早起きになっていくはずです。

 私の場合は目覚めの感覚に関係なく自動的に朝のルーティンを始めてしまう身体になっているので、「あまりよろしくない外的要因(※)」さえなければけっこうすがすがしい気持ちをキープして仕事をはじめることができます。

 (※)たとえば子供の体調がよくないとか、そういうことです。

◆通勤

 さて、万全の状態で一日をスタートしたとしても、大都市圏に住んでいる方であればいきなり満員電車、通勤ラッシュですがすがしさを削がれる可能性大です(苦笑)。

 ですが、今は便利な時代になりました。スマートフォンkindleなど、あの「異常な空間」から逃避するためのギアがあります。ので、どんどん逃避しましょう(笑)。男性は、痴漢に間違われないように常に両手をふさいでおきましょう。音楽を聴いたり動画を見たりする方は、音が漏れてるぞとかDQNに言いがかりをつけられないよう、音量はセーブしたほうがよいです(苦笑)。

 朝という一日でいちばん大事な時間帯に、あの満員電車に乗っている「どんよりした人たち」に精気を吸い取られないように自衛する必要があります。

 あの人たちに精神的に引きずられてしまうのは愚の骨頂です。そして、あの異常な空間を異常と思わなくなってしまったらお終いだと思います。

◆日中

 そしてもちろん、日中もさらにすがすがしさをチャージしていくわけです。そのためにどうすればよいかというと、まずは一生懸命働くことでしょうね(笑)。どんなタームでも、小さな作業を集中してやって終わらせたときでも、一日しっかり仕事をして、早く上がれたときの夕方の空気とかも、すがすがしさはありますね。

 いや、たとえ深夜残業になったとしても、一日のやるべきことを終わらせれば、すがすがしさは残るはずです。

 仕事でもプライベートでも、ふつーにがんばってみることですよ。汗をかくことです(比喩的に)。

 まぁ受け身な仕事ではすがすがしさは残らないでしょうけどね(苦笑)。

 結果を出したり褒められたりすると、「嬉しい」。がんばって、その過程に自身で納得感があるときは「すがすがしい」。そんな感じでしょうか。

◆他人本位

 次に、すがすがしさをゲットするためには周りに親切にすることです。もっとカタくいうと、他人本位で物事を考え、実践するということ。

 他人がちょっと困っているときに見て見ぬふりをしないこと。(他人がとてつもなく困っていれば、誰でも助けざるを得ないですからね)

 他人のことを思いやる行動を連綿と行うことによりガンガンすがすがしくなれます(笑)。

 でも、ビジネスにおける「便宜をはかる」は、これには該当しないと思いますね。つまり、必要なのは下心なき親切であって。

 何か商談をとりたいから何かしてあげる、とかじゃなくて、ビジネスがまったく絡まないところでの親切ならばよし、と。

◆優先順位

 私にとって「すがすがしい」を貪欲にとりにいくのは、ここ数年、もっとも優先度が高いです。

 この歳になってくると、お金よりも時間のほうが大事です。そしてお金よりも健康のほうが大事。時間と健康は同じぐらい大事。でも「すがすがしさ」はもっと大事です。

 時間よりもすがすがしさのほうが大事、とはいっても比較できるものではないかもしれませんが、つまり、たとえば上述した朝のルーティンとか、すがすがしさをゲットするための時間は、最優先で割いていこう、ということです。

 「健康」と「すがすがしさ」も一概に比較できるものではないですが、以前書いたかもしれませんが私は「すがすがしさ」は「健康(単なる身体的な)」の上位概念だと思っています。

 よくわからない健康食品を摂取するとか、ジムに通うとか、(単なる身体的な)健康をゲットするためのHow Toを実践しなくとも、すがすがしさを貪欲にとっていけば自然と真の意味での健康になれます。

 おっと最後は健康の話になってしまった...

エンジニアとオサレ(24) 愛されキャラとは(2)

blog.goo.ne.jp

 私が書き続けてきた「モテる」とは結局、ビジネス・シーンで愛されキャラになることなのかもしれないなあ、という結論に達しました。前回、結論を先に書いてしまいましたが(笑)。

 今回は前回の続きになりますが、若かりし頃「オレに仕事ふるなよゴルァ」オーラを全開にして、現場で身を守っていた(つもりだった)私が、ある日から徐々にそのオーラを弱めていったところ、最初はウザい雑務が死ぬほど入ってきてホントに心からこのギョーカイがイヤになりましたが、やがてウソのように楽になってきたという、そのあたりについて自分の経験を交えながら書きたいと思います。

 また長くなりそうなので(笑)結論を先に書きますと、この話は「愛されキャラ」とつながってきます。その、「ウソのように楽になって」くる頃に、その人は「愛されキャラ」にとても近づいているのです。

 「愛されキャラ」になるかどうかは、現場でなるべく笑顔を絶やさないようにしよう、という強い意志を持つかどうかで決まります。

 私のように笑顔が苦手な人間は、無理して「愛されキャラ」になる必要はないと思います(自分の経験から)。ただし、私は、むっとした顔をし続けるのはやめました。それなら笑顔が苦手な人間でもできます。

 そして、IT業界の大多数の人は笑顔が苦手であると推測していますので、僭越ながら私の手法が参考になると思っています。

 愛されキャラの方ってすごくモテるのでうらやましいのですが、現場でむっとした顔をやめて、かつ誠実に仕事をしていれば少しはモテます(笑)。私はそれぐらいでいいかな、と…

 さて、最初ウザい雑務が入ってきてイヤになるのに、やがてラクになってくる理由のひとつは、あたりまえですが自分が成長するからです。カンタンにいえば生産性が上がるということですね。雑務をこなす過程で自分のペースがわかるようになるのです。

 つまり…

 自分のペースを守るために、むっとして仕事をブロックしていたはずなのに、結局のところむっとしていようがいまいがその現場で仕事はしなければならないわけで。

 以前書いたと思いますが、むっとしてブロックしたとしてもまわりまわって仕事はふってくるわけですから、ふってきた時点ですでにクリティカルになっていることが多いのです。だから最初から、納期に少しでも余裕のある時点で受入れて、自分のペースで仕事したほうが結果的にはすごくラクです。

 と、いうことに気づくわけですね。ああ、最初から受け入れたほうがラクなんだ、と…これも成長です。

 とりあえず受け入れて、複数のタスクが平行して走る中でイヤになって投げ出してしまわずに効率性を考え続け、とりあえずこなすところはこなし(考えながらも手は止めない!)、手順化して他部署にふれるところはふり、打ち返すところは打ち返し…ということを繰り返しながら自身の生産性(イコール「腕」)を上げていく。

 つまり、「けっこうたいへん」な状況じゃないと自分が磨かれないということです。(ここ、重要)

 むっとすることによるブロックを解除して、引き合い(最初は雑務)が増えはじめる状況というのは(ビジネスにおける)「モテはじめ」ということに他なりません。モテはじめの時期は大変な時期なのですがその段階をすまし顔で(内心泣きながら)突破していくとどうなるか?

 現場で尊重されるようになります。(ここも重要)尊重されると、ラクになるんですよね、精神的に。

 そして、尊重されると、ごほうびとして雑務じゃなくて「ちゃんとした」仕事がふってくるようになります。実は、この「ちゃんとした」仕事っていうのは雑務よりも何倍もキツいんですが(笑)。

 周りから尊重され、精神的にラクになり、かつ自身の「腕」も上がってきている状況でふってくる「ちゃんとした」仕事を受けたところからが、さあ、勝負です!

土いじりがそんなにエラいか?

stevengerrard.hatenablog.com突然ですが、僕は脱サラして田舎暮らし、とか、農業へ転身、とか、そういう話に対してかなり懐疑的、批判的であります。

僕は地方出身ですし、祖父は農家でした。祖父の「百姓」としての苦労話について、祖父本人からではなく父親から事あるごとに聞かされてきました。

そういうバックグラウンドがあって、それがイヤで東京に出てきたものです。

また、僕は10年20年というスパンで「機械」、そして「コンピュータ」と仕事で向きあってきたわけですが、そういう立場の人間からすると、「やっぱり人間は土に還るべきだ」といったような論調は、なにさま??という気がします。こんだけ高度資本主義社会で、先進化した文明の豊かさをたっぷりとしゃぶっておいて、最後に言い出すのはそれかよ、と。。

それだったら最初から農業高校行けよ、と。あるいは大学で農学部選べよ、といちゃもんつけたくなりますね。

(あくまで「つけたくなる」だけですので。。)

農業従事者よりシステム・エンジニアは下なのか? といったら決してそうじゃないでしょう。我々はもっと、我々が世の中を便利にしてきたのであり、これからも便利にしてゆくのだ、という気概を持つべきだと思うんですよね。

都会を離れて田舎暮らし、とかそういう人たちの発言ってかなり「上から」なんですよね。下々の人間はまだ都会でアリのように働いてやがるのお、みたいな。。

そして「東京なんか卒業だよ」と。。 結局8割ぐらいは、数年で言い訳しながら東京に舞い戻ってくるのでしょうけどね。

「田舎暮らし」というのはただの、ライフ・スタイルの選択肢のひとつにすぎない。そして農業は起業のひとつの選択肢にすぎません。崇高な意識でもって田舎で新たな生活を確立している人たちもいるのかもしれませんが、他の大部分はただ流行りにのってみただけか、弱肉強食の都会の生活から「逃げ」てきただけです。

農業を自分の仕事にすると考えれば確かに、自分たちのおまんまの一部を自ら生産することができる、というリスクヘッジは魅力的です。(家庭菜園でもできるような気がしないでもないですが。。)そして、田舎というのは都会と比べて少ないお金で暮らしていけるのは事実です。

田舎暮らしや農業を選択する人たちは、高度資本主義の範疇の中でひとつの選択をしているにすぎず、そこから逃れることはできていません。にもかかわらず、自分と家族だけは資本主義の論理から抜け出ているに違いない、と、誤った選民意識を持っている人がとても多いのです。

もちろん、自分たちはどんだけ田舎に逃げても資本主義から逃れることができないのだ、という事実に自覚的な人もいますが、そういう人ほど田舎に暮らすということに「誇り」を持ちたがるんですよねえ。

僕は、であれば、都心のマンションに暮らして週末や休暇のときだけ「リゾート」と割り切って田舎の別荘に暮らす人のほうがよっぽど潔いと思うのです。

子供に機嫌で怒って何が悪いのかっていう話

ameblo.jp

前にも書いたと思うけどボクは家で、機嫌で怒ることに決めてるのね。

あ、ちなみに、基本的には怒らないけどね。家ってビジネス・シーンと違って不機嫌の種がそんなに落ちてないから。

子供は生意気だけど、母親(家内)に怒られてるとき以外はだいたい笑ってるから。
俺もつられてにこにこしてると思うよ。


で、

聞いたところではうまく子供に「叱れる」人がいるらしいんだけど俺はゼッタイムリね。

家内なり子供が俺が気に食わないことしたら、怒る。叱るとかじゃなくて怒る。

瞬間的にね。

ということは、だよ、俺の怒り沸騰ポイントが、至極まっとうでなきゃならんのね。
それはいつも、そう思ってる。

我が家のローカルルールでなくって普遍的であるべきだと思ってる。

たとえば。。音だよね。「異質な音」はすごく気にする。

なぜなら、世の中がそうだからだよ。最近騒音にすごくセンシティブになったじゃない世の中が。
昔と違うんだよ。

うちの子らが公の場で「異質な音」をたてて、ヘンに「世の中」から恨みをかったりしないように。


なんというのかな、うちの子らはたぶん、父親は、こういうことしたら怒るんだろうな、というのを、なんとなくわかっている。

それが、ほぼほぼ世の中の常識(良識?)とシンクロしてれば、いいんじゃない、みたいな。
そゆこと。