元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

「許してください」(え? 何に対して?)

「許してください」と繰り返すのはとてもよい「修行」だと思います。

自然(あるいは何か超越的な「神」的なもの)に対して感謝する。ここまでは誰でもできる。(はずなのに、やらない人は多いですが)

自然に対して「許してください」といってみれば、「何を」「自分が何をした?」と思います。それは、あたりまえの感情なのですが。

ここを超越できるか。すべてを一旦投げ出して(とにかく)「許してください」と唱えることができるか。なんだかわからなけど「許してください」と 唱えている自分を受け容れられるかどうか。

「試されている」と思いながらやってみるとよいと思います。