元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

(20080929)

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先日、西葛西の行船公園というところに行きました。

小さな動物園と、「ふれあい広場」という動物が放し飼いになっていてそこが柵で囲われているスペースがあり、コドモがその中に入って羊をおっかなびっくり触ったりうさぎをだっこして「かわいー」といってみたり、まァ微笑ましい光景といえるのですが。。

すごく興ざめしたのは、親も親で、「動物ってかわいいね~」とかコドモに諭しといて、その場所を出ると目の色を変えて「手を洗いなさい! バイキンがくっついているから!」とか言い出すわけです。

コドモも、その柵の中をでると一目散に手洗い場に行く。コトバには発してないけど「あーキタナいキタナい」と思ってるようにみえる。

うさぎさんと戯れて「かわいー」とかいってるのが演技で、ホントは「キタナいキタナい」と思っている、というか、親がそう思わせてるわけです。

だったら触らせなきゃいーじゃん! と思うのですが。。


「動物と触れ合う」ことが情操教育によろしいと思ってコドモにそうさせているのならば、動物と触れ合った直後に目の色を変えて「手を洗いなさい!」と怒鳴りつけるのはおかしい。
それは親の都合です。

そもそも東京の親たちは、動物は鑑賞してれば十分と思ってるクセにコドモには「かわいーねーさわってごらん、ふれあってごらん」と強要する。
自分はイヤだから見ているだけ。

親が、動物をキタナらしいモノとしてみているのだから、コドモはいくら教育を施したところで、同じように育ちます。