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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

その時の収入はその時の労働時間には比例しない

2014年01月 仕事公論 成功法則・カネ持ちになるには

blog.goo.ne.jp

複数の人が書いたり言ったりしてるんだけど、その時の収入はその時の労働時間には比例しないっていう事実について、最近重く考えるんだよねえ。。

でも、今、かなりの収入を得ている人は、過去に、相当の労働時間があったと信じたいよね。(および、的を得た労働をしていることがゼッタイ条件)過去からずーっと労働時間が少ないのに今カネ持ち、ってなんか許しがたいような。

いや、「労働時間」だけが尺度ではないな。言ってみりゃ「苦労」だよね。過去にどんだけ苦労しているか。


それとね、当たり前のことなんだけど誰も認めたくないのか知らないけど、今かなりに収入を得ている人は、強く強くそう望んだ人なんだよ。それは、間違いない。

強く強く望んじゃいけないのか? つーか、望んじゃいけない空気がある、くせに、自分だけはひそかに、他にバレないように望んでいるという。で、他にバレないように望んでいるようなレベルじゃ、ぜんぜん強くない。
強く望んでないクセに、カネ持ちになれないと文句をいう。引き寄せの法則はインチキだと愚痴る。そういうバカには幸せは死ぬまで訪れないから安心してくれ。


やたら、働くよりも、強く望むほうが大事だという結論なんだよね。これも当たり前だけど、働いて働いて自分は「清貧でいい」なんて内心思っちゃってる人には、「こない」よ。間違ってもこない。

本当に正しいことをやっている人間にカネは集まってほしいし、たぶんそう。悪人がカネもってブイブイいわせてるのは、いつの時代もみるけれど、なんという か、そういう人間は高い確率で「ロクな死に方しない」し、糖尿になったりするから、ほっといていい。近づかないほうがいい。

で、「清貧」みたいな生き方は本当に正しくはない。なぜなら、庶民はそうはなりきれないから。


最後に、宝くじとかTOTOとかに夢を託しているヤツは、ダメなんだよね~ それはまた別途。