元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

町田宗鳳さん

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法然を語る 上 (NHKシリーズ NHKこころの時代)

法然を語る 上 (NHKシリーズ NHKこころの時代)

 

草柳: 無意識と、それから意識の風通しを良くするとおっしゃいましたよね。それは法然の生き方、法然の教えと照らし合わせて考えていくと、法然の場合―勿論「無意識」という言葉は当然無いわけですけれども、それはどういうふうな形になって現れてきているわけですか、法然の場合には。

町田: 法然さんは、何度もお話していますけれども、幼少の折、父親が殺されたことからさまざまな人生の辛酸を嘗めておられますね。いやほど人間の悪性(あくせい)を、蛇蠍(じゃかち)の如き悪性を見ておられて、そこから念仏の光を当てていかれるわけですよ。そこで意識と無意識の対話というのが成り立っていったし、唯識的にいえば、「阿頼耶識」が大円鏡智に変容を遂げていった、と思うんです。もう一つユングの重要な概念に、「能動的想像力」という言葉―能動的(アクティブ)な想像力(イマジネーション)ですね。そういう考えがあるんですけれども、私たちもたまにそういうことが体験されることがあります。それは夜寝ている時に見る夢が、昨晩見た夢と今日の晩見た夢が連続するようなことがあるんですね、夢のストーリーが。それは一種「能動的想像力」が動いていると考えていいんですが、これは小説を書かれる作家の方とか、まあ芸術家が一般に無意識に使っていることですが、どんどん自己増殖していく。膨らんでいく―イマジネーションがですね。自分で何かを想像しよう。イマージンしようと思わなくても、どんどん自分の中に膨らんでいくイメージ。これをユングは「能動的想像力」と呼んだわけですけれども、法然の場合はまさに「ナムアミダブツ」という声を出すことによって、そこに阿弥陀が現れ、浄土の光景が現れ、止まらなくなっているわけですから、これはまさに法然さんの場合、「能動的想像力」が非常に活発に動いていたように思うんですね。

草柳: それが「念仏を称える声の力」ということなんですか。

町田: そうなんです。まさにここに、私たちが、法然さんから学び取るべきポイントがある、と思うんです。というのは現代人というのは、非常に情報過多で、言ってみれば私たちの思考方法というか、思考パターンがデジタル化されてしまって、なかなか生き生きとしたヴィジョンを描けなくなっているわけですよ。もう常に理屈とか知識で、分析はするんだけれども、アクティブ(能動的想像力)を使ってこの現実を超えるイメージを作るという能力を―持っていないことはないんですが、きっとあるんですが―それを麻痺させてしまっている。私は時々「イメージ貧乏」という言葉を遣ったりするんですが、私たち現代人は、この情報化時代に生きているが故に、頭でっかちになって、身体性というものを忘れてしまって、バシュラールが言ったように自然から刺激を受けて、逞しき想像力、そういうものを持てなくなっている。だから「イメージ貧乏」という言葉を遣うわけですけれども、これから日本も変わっていかなければいけない。政治的にも社会的にも文化的にも大いに変わっていくべき歴史の節目にあると思うんですが、これは知識だけではできないことです。一人でも多くの国民がパワフルな想像力―「物質的想像力」といっても、「能動的想像力」といってもいいんですが、そういうものを手に入れた時、どんどん新しい芸術が生まれるだろうし、新しいビジネスのやり方、あるいは新しい政治のやり方、社会制度も変わります。だから今法然さんを学ぶということの重大さは、まさにここにあるわけですよ。お念仏がどうだったとか、浄土信仰がどうだったか、というんじゃなしに、彼にとって声の力はなんだったか、と。それもまさに想像力を育てる力があったんじゃないかな、ということを、私は強く感じているわけです。

草柳: 法然にあっては、想像力を育てる一つの力として、さっき言われた、例えば黒谷、比叡山時代の夕日が見えるところに住んでいて、毎日その夕日を見ていた。そういう自然に触発されたというか、自然から受けたその力(パワー)がもの凄く大事だ、ということ、一つはそういうことなんですね。

町田: そうなんです。今地球環境のことが、その保護が喧しく叫ばれていますけれども、それは単に自然を守るということではなしに、実は自然環境を守るということは、私たちの人間性を育てるということにも直接的に関わってくるんですね。ですから我々がどんどん環境破壊していけば、それだけ生きた真実な自然の刺激が少なくなるわけですから、例えば比叡山なら、今頂上に非常に人工的な展望台があったり、ドライブウエイがあったりしますよね。昔の比叡山はほんとに豊かな森に覆われていたと思うんですよ。そこで歴代の法然さんだけじゃなしに、親鸞さん、日蓮さん、道元さん、栄西と、そういうきら星の如く宗教家が排出した山が比叡山ですよね。それはまさに延暦寺に天台教学という膨大な知識の系譜が伝わっていたということと、比叡山という非常に豊かな自然環境が彼らの思考を非常によい形で刺激して、独創的な発想力を彼らの中に培ったんじゃないか、と。そのように思えば、私たちが今日本の国土の―日本だけじゃなしに、いろいろ海外でも環境破壊していますけれども、そのしっぺ返しがあって、私たちのイマジネーション(想像力)が衰えてくる。その辺に私は深刻な懸念を抱いています。

草柳: 今日のこの番組のテーマは「現実を超える力」ということだったんですが、つまり超える力を持つためというか、超える力そのものが想像力にあるんだ、ということになるわけですか。

町田: そうですね。それには体を鍛えて、大きな声を出して、大いに自然と馴染んで、忙しい生活であっても自分を常に自然に曝して、知識というのは非常に大事なんですけれども、それにある意味火を点けるというか、知識というのは薪みたいなもので、それに火を点けてこそ明るい灯火になるわけです。その火を点けるのがまさにイマジネーションですから、ほんとに私たちは都会に暮らしていますけれども、もっともっと自然に近づいていって、本来の強いイマジネーションを手に入れた時、私たちの日常の生活も変わるし、社会も変わるし、国も変わっていく、と。そのように法然さんを出発点として、私はそのように考えるようになったわけです。

草柳: それで町田さんはカヤックで漕ぎ出すわけですね。

町田: 私は外で遊ぶのが大好きで、山に登ったり海に潜ったり、少しでも時間があったら自然の中で戯れるようにしています。