元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

のり弁の想い出


[再録]のり弁の想い出|龍澤ヒデアキのバックドア

こないだもまた、ほか弁屋でのり弁を買って、食べた。
290円。

オイラはずーーっと、のり弁が好きだ。シャケ弁や、のりコロ、のりシャケ、あるいはのりカラなどに浮気してゆく時期はあるけれど、やっぱりのり弁が好きだ。

こないだ、のり弁を食べながら、いろいろ考えた。

オイラは、自分が、のり弁が最安だからのり弁を買うのだろうと思っていた。
(コスト削減の意味でね)
でも。。ふところが暖かいときもそうでないときも、おおよそのり弁。


こないだしみじみ思ったのはね。。
ムカシ、貧乏な頃は、(たぶん)忸怩たる思いでのり弁を買ってたんだと思う。
間違いなく、最安だから買ってたんだよね。

でも、いろんな時の変遷を経て、たとえば、ハレの日にはそれなりに高いレストランでウマい飯を食べれるようになり、3000円のとんかつや2000円のカレーをも日常で食べれるようになった今も。。

やっぱり、ほか弁屋で選ぶのは、のり弁。

なんだか今は、余裕の選択。。 自分が、成長したなァと、涙があふれてくる感じだ。(実際、涙は出てこないんだけど)


あの、のり弁のおかずのフォーメーションが、絶妙なんだよね。
あの組み合わせを誰が決めたのか知らないけど、やはりアレは永遠のスタンダードなんだろうな。

それと、歳とって、あののり弁の量がほどよくなってきてるってのも、あるかもな。


オイラの周りには、それなりにカネを持っていてもたとえば吉野家大好きなヒトはたくさんいる。

そういうのって、幸せだと思うんだな。
いや、幸せと思わなければならないというか。。


カネを持って、「もうのり弁(あるいは吉野家でもいいけど)には戻れない」なんて、うそぶくような人間にならなくてよかったなあ、というか。。
そういう人間は信用ならない。

だらだらと書いちまったんだけど、結局、胸に手を当ててじーっと考えてみても、結局オイラはのり弁が好きなんだよ、ということを、結局はいいたいだけなんだけどさ。