元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

頭山満「鼻くえ猿」

頭山満「鼻くえ猿」

昔、ある処に、十匹猿が居った。其中の九匹までは皆鼻がくえて(潰えて)無かった。たった一匹丈け(だけ)が鼻を持って居った。
すると、九匹の鼻くえ猿共が、一匹の鼻の有る猿を見て、
「貴様は実に可笑しい奴ぢゃ、鼻が有るぢゃないか」と笑った。
鼻の有る猿は、負けぬ気で、
「貴様達こそ可笑しい奴ぢゃ、鼻が無い位無様な事があるか」と笑ひ返した。
すると又九匹の有るが、
「猿に鼻の有る奴があるか、論より証拠見て見ろ、貴様より以外には、唯一人鼻の有る奴は居らぬではないか」と云った。
そこで、一匹の鼻を持った猿が一々見て見ると、成程、一匹でも鼻を持った猿は居ない、自分一人が鼻の有る事に気附いた。
そこでたうたう、これは俺の鼻の有るのが間違つて居ったと考へて鼻を削って鼻なし組に仲間入りしたと云ふ話がある。

今の日本は、教育でも、政治でも、何の方面でも之ぢゃね。精神の籠らぬ、間違った奴の方が数が多いから、初めに毅然と

して立派な行き方をして居った者までが、どうも今の世間では之では通らぬと云ふ事で、とうとう鼻を落して、鼻なし仲間に這入ったようぢゃ。

若い貴様達の切角持った鼻は、落さぬ様に大事にせぬといかぬ。