元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

おカネの「支払い」と「使う」は違う

おカネの「支払い」と「使う」は違う

各種「支払い」(主に、銀行から引き落とされる)と、おカネを「使う」のとは違うだ、と、最近思った。

うまく説明できないけど。。オイラにとってはあからさまに違う。

「使う」のほうは、どんどん使うべきだと思う。世間一般にいわれているとおり、世の中の経済を循環させるためにカネを使うのは必要で、使った分だけ還ってくるというのはおそらくホントウだ。
ただし、「ヒトのために」使った分のみだよ、還ってくるのは。

貯金するというのもそれは一時的なものであって、使うための貯金であるべきだと思う。

貯金と、不慮の事故や、何らかの事情で働けなくなったときのための「貯蓄」とはまったく違うものだ。
そこまで崩して使えとはいわない。

でも、ヒトはそれぞれの器に応じた「ぱーっと使う」額があると思うし、その額めいっぱい、あるいはそれ以上使うべきだと思う。

自身の使う「限度額」を超えて使わないと自分の器は大きくなっていかないのではないかという思いがある。

ぱーっと使うためにはどうするか? どうやって捻出するか?
それはやはり「支払い」を少なくする他ないんだよね。

それが最近のオイラの結論。日常生活を質素に、そして使うべきときに使うべきところに使う。貯蓄は残しながら。