元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

飲食店に出かけてゆく

my格言・my座右の銘(自作自演)

  • 努力した者が勝つ。才能のある者が勝つ。努力する才能のある者はもっと勝つ。(20080208)

再録

(略)
ひとつめのキーワードは、「自慢」ということです。ちょっと本筋から外れますが。。

この話は飲みの席などでよく話をします。要は軽い自慢をしているわけです。先日書き出した、スタンド・バイ・ミーのロケ地の話もそうです。

軽い自慢は、会話の潤滑油になります。ネタのひとつにすぎません。

こういうときの自慢というのは、なぜ鼻につかないかというと、努力を伴っていないからです。偶然、たまたまその人に起こっただけのことです。

こういう事例(私が他人から聞いたこと)はたくさんありすぎるぐらいで、枚挙に暇がありません。

たとえば、同級生がアイドルになったとか、以前机を並べて仕事をしていた人が今はベンチャー企業の社長で、よくマスコミに登場する、とか。。

レストランに行ったら隣で有名人が食事をしていて、タレントの陰口をたたいていた、とか。。

こうやって書いてみるとすべて「有名人ネタ」になってしまいますが。。

自分の出身地の観光自慢、特産品自慢、変わった風習なども該当します。人は、自分の田舎を面白おかしく語るのが好きなものです。

自分の「家柄」なども、先天的なもので、家柄ネタは軽く語れば面白いものになります。

自分の祖先は平家の末裔で。。とか、自分はお嬢様だった、坊ちゃん育ちだった、とか、家に執事がいた、とか。。

人は、こういう軽いネタをいくつか持っているものです。


これが、自分が努力して何かを掴み取った、という苦労&自慢話になってしまうと、話が重くなってきて、つまらなくなってきます。「どうだ、すごいだろう」といった感じになってしまい、相手に何とかして「羨望」の気持ちにさせようという意図が感じられてしまうのですね。

たとえば歩いていたらたまたま有名人に会った、というのは、自分も努力したわけではないという自覚もあるので「すごいだろう」という口調にはなりませんし、会話の中では「へぇ〜そうなんだ」で完結しますし、他人に不快な思いをさせずに済みます。