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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

トクイの掃除論と、朝論

blog.goo.ne.jp

豊かな暮らしって何って考えたときにさ、オレなりに考えた結論は「掃除」だったんだよね、なぜか。

いきなり具体的な話するとさ、朝起きてすぐ使うトイレ、洗面、そして台所のシンクまわりがピカピカであること。
そして風呂は清潔であること。
家族が食卓を囲むテーブルは整然としていること。

一日でいちばん大事な「朝」にそういう状態であれば、その生活は豊かである。そういうオレなりの結論。

お恥ずかしい話だがオレは昔それを家内に求めたわけね。だって専業主婦だもん!求めるのは当然でしょ。
上述したところをピカピカにしておけよ、と。

でも家内は総論賛成ではあるけれどあんまりやらんかったね。いやほとんどやらなかった。
なぜなら、オレに押し付けられてるからでしょ。
もともとキレイ好きではないが。。

それとね、彼女にとっての豊かさとは、当然のように掃除にあるわけじゃなくて、あくまでカネでありモノだから。
ということはね、カネにモノをいわせてモノで家の中があふれかえっている状況というのは当然「掃除による豊かさ」とは相反するものだから。

つまりオレと家内とは価値観が敵対、とまではいかないけど完全に反しているわけね。

価値観が違うのは、しょうがないんだわ。というのは、最近知った。
なんで専業主婦のクセにオマエ何もしないの、とは未だに思うけど、これからも思い続けるとは思うけど、

オレが、オレの思う豊かな生活を実現させるためには、オレが動かないとダメなんだよね、と。
いくらヒマこいてる他人がとなりにいたところで、ソイツに任せるわけにはいかないんだよね、と。

ここで、メイドでも雇ったら?っていう考えもあるんだと思う。でも我が家に限っていうと、メイドをやとえば当然その分カネが減っていくし。
雇った人間に対する気遣いとか、トラブルとか、そういうのも抱え込んでしまう。(高いカネ払ってんのに働かねーなこいつ!とか)
気苦労が膨大に増える。そのクセカネは出ていく。そんなストレスフルな人生は、イヤだね。


まそういうわけで、自分が動くようにしよう、というパラダイム・シフトができて、最初は変わらなかったんだけど、しばらくすると劇的な変化が。。
ということでやっと最初の話に戻ると、まずね、早起き習慣はその前からできていたんだけど、早起きしてまるまる自分の自由時間だったところに、掃除習慣をいれたわけ。
そうすると当然、自分の自由が削られるわね。
それを、受け入れたということ。

次に、(ここが重要)朝、オレが掃除するわけだから、当たり前だけどその時点ではキタナいわけ、状況が。
オレが、キレイにするのね。
と、いうことは、だよ。家族が起きてきたときに、キレイになってるのよ。

。。これってすごいことでしょ。結果的にオレは家族が豊かな生活を送るために、朝の掃除をしているわけ。
その行為は、オレが、家族が最低限以上の水準の生活を送るためにヒッシで働いてカネをゲットしている行為と、同じ位相にあるでしょ?

カネをゲットするという、家族の長としてのオレの「仕事」、これだけで十分及第点のはずなのに、もうひとつ、始めたわけよ。
この、「始めて、続けている」ということでオレ自身が豊かになってるわけね。

朝のオレの時間が削られたなんて大したこたないのよ。今やっていることの達成感や重要さにくらべたら!
だってさ、どーせネットサーフィンとかなんだから。自由っつっても。そんなことより掃除やってたほうがいい。

そして最近ストレッチとかもはじめたし、結局オレは自分自身で朝のドフリーな時間を削るという行為に出て、掃除だけでなくストレッチだの運動だの読書だの瞑想だのを「入れ込んでしまった」わけ。
この変化も、かなり劇的である。