元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

時間管理の要諦

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一日は24時間あるとはいうけれど(実際そうなのだろうが)、仮によき生活習慣を続けているならば、その時間は抜いて考える必要がある。
以前も書いたかもしれないけど、人間はひとりひとり、時間の使い方が違う。生活習慣を遂行する時間の和も異なる。それが不公平なのかどうかは、わからんが。。よき生活習慣に時間を充当している人間のほうが、いわゆる「自由な」時間は少ないのかもしれないけれど、幸せっぽい。

まず、自分のベストの睡眠時間ね。この時間は差し引かないとね。
それと大事なのはね、自分の「ベストの仕事時間」。
仕事ってものはね、それにより、お給金をいただいて、自分や家族の生活の糧としているのであれば、「働く習慣」っていうのはよき生活習慣を超えた―「絶対善」として位置付けるべきものである。
というのがオレの持論ね。

だから、ベストな仕事時間は絶対に差し引かなければならない。イコールゼッタイにやらなければならない。

そして、仕事時間というのは適切でなければならないんだよ。適切な時間にするには仕事を効率的にし、集中しなければならないのは当たり前のこと。

そして、仕事に集中するためにはベストの睡眠時間は必須。だからこのふたつの要素は双子のようなものかもしれないね。

で。。睡眠、仕事ときたら次は「食」といきたい。よき生活習慣として、自分あるいは家族の「食」をつくる時間は、一日に30分とか1時間とか、必ず確保したいところだ。
あのね、これはリーマン男子にもいってんのよ。主婦だけの話じゃないんだよ。なぜなら自分の健康を形作るのは結局自分なんだから。自分の健康のこと考えたら自分で自分の食、すなわち口から入るものをある程度「支配」しないとどうしようもないよ。


。。なんだか思いっきり脱線しちゃったけど、結局ね、よき生活習慣のための「時間」を確保するってことはカンタンにいえばそれをやるってこと。どんな緊急の差し込みの用事にも浸食されないってことだよ。
そういう急な用事ができるとすぐそれを言い訳にして習慣を中断しちゃうヒト、いるけどね。。

中村天風さんも午前中は絶対に出てこなかったらしいからね。聞いた話だけど。午前中はたーくさんやること(習慣の維持)あったんだろう。