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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

損は得(徳)

2014年04月 人間学 成功法則・カネ持ちになるには

ameblo.jp

ふつうに社会人として生きているだけで、たった1日であっても、無数の「選択」をしている。あらためて考えてみると。

でね、それぞれのシチュエーションで、0.1秒ぐらいずつ立ち止まって、「ちょっと損する」ほうを選択してみる。
それだけで、小市民の幸せはゲットできます。

ただし、大損はしてはならない。なぜなら、
あなたが大損を選択することにより、周りに被害を被る人が必ずいるからです。たとえば、家族とか。

まわりを巻き込まない程度の「プチ損」です。
まあ、大損を選択する人は皆無でしょうが。。


たとえば、混んでる時間帯にスーパーにいって、この列ならいちばんはやいだろうと推測してレジにならんだはいいが前の前のおばちゃんの動きがむっちゃのろくて、ぜんぜん進まなくなってその間、両どなりはさくさく進んで。。
そういうとき、他のレジに移動したほうが早そうだと思ってもそのまま留まるとか。

駅のホームに行く階段をのぼりはじめたときに発車音が鳴り、ダッシュして駆け込み乗車すればギリ間に合いそうだなと思ってもそうせずにゆっくり進むとか。

そんな程度の損。

そういうところでプチ損をとることによりバランスがとれてどこかで必ず得になっている。
でもバランスなので、プチ損に対してはプチ得がやってくるわけなのでそれは気づかないかもしれない。
でも、プチ得がたまってそれなりの得になって返ってくるかもしれず、そのときは気づく。
まとまってくるか、そうでないかは、我々の決めるところではない。

そして、大変残念なことに。。
さっき書いた「大損」ってのはこっちが求めなくとも勝手にやってきますから。必ず!!
人生というのはそうなっている。なぜ大損がやってくるかというと、「何事もなく一日がすぎる」という事実がすでに「得」だから。何事もない平穏無事な一日が続けば、たまりにたまって、バランスをとろうとする「何か」が発動して、それなりの「損」はやってきます。これは、気づかないうちに過ぎ去るということは、ありません。