読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

本当の健康法とは(8)

2012年12月 超健康論

 

blog.goo.ne.jp

この業界で働く方々に役に立つ、エンジニアに特化した健康法をまとめたい、というのはこの連載の最初から書いてきたことです。

 で、いちばん大事なのは、エンジニアの健康というのは仕事があってナンボということですね。ですから、「仕事を続ける」というのがいちばん大事な「健康法」なのかもしれないです。あまりに当たり前のことかもしれませんが、これをまず書いておきたいな、と思いました。

 2つ考えるべきポイントがあります。まず、以前の私もそうでしたが、IT業界の仕事、ワークスタイルや業界慣習により、われわれの健康は害されているのではないか?われわれは働けば働くほど不健康になっていないか?という考え方があります。よって、この業界で仕事を続けることこそが健康の秘訣である、という考え方はどうも受け入れがたい、と。

 それは、ある意味では正しい。確かに、長時間労働を余儀なくされたり、座り仕事であったり、ずっとディスプレイとにらめっこだったりと、われわれのワークスタイルには健康を害する可能性が高まる要素がたくさんあります。

 でも、われわれエンジニアが失業している状態を考えるとどうか?どっちが健康か?あるいは健康に近いか?といえば、失業しているよりは働いて給料をもらっている状態のほうが健康に近いのです。

◆ カネがあれば健康か?

 もう1つのポイントですが、極論として、失業状態でもカネに困っていなければ、劣悪な労働環境で働くよりも健康といえるんじゃないの?という考え方もあるかもしれません。

 例えば、不労所得があるとか。実家にいて食うに困らないとか、家族が稼いでくれるとか……。

 働いておらず、最低限の生活にも困っていない(自称)エンジニアがいたとして、ある程度自分を律して食事にも気をつかったり、継続的にスポーツをしたり、お腹も出てなかったり(笑)。……そういう人間が仮に存在したとしたら、どうでしょうね? 健康診断でいつも二次検査に呼び出されるバリバリのエンジニアと比べたら?

 私はもちろん、後者を応援したいわけですが、応援どころか、後者の方が健康であると断言したいのです。

 もっといえば、そんな状態でうれしいですか? と私は問いたいのです(もし前者のような方が存在するのであれば)。エンジニアが、仕事のない状態(実力を発揮できない状態)でよいのですか?と。

 それと、後者の方が少なからず世の中に貢献しているわけですしね。という意味では健康的といえなくもない。前者はほぼ自分のためだけに「健康」を考えているわけですから。



◆ 不労所得者に憧れない

 と、今書いたことは極論ですので、間をとって、

健康診断でひっかからない、バリバリのエンジニア
カネに困らないエンジニア

 を目指してゆけばよいのです。どちらも相互連関してゆきますから、バリバリ働きながらかつ健康に生きてゆける人は自然、カネもたまってゆくでしょうし、カネに困らなければ精神的に余裕もでき、仕事に好影響を与えます。

 私のまわりには不労所得者に憧れる方がとても多いのですが、その理由が、ほとんどの場合「現状がイヤだから」なんですよね。最終的な到達点を、そこにおくのはよいと思うのです。でも、不労所得者に移行することを現状の理想とするのは、「逃避」のニオイがしなくもないです。

 確かにIT業界の一般的な労働環境は良くありません。ですので、IT業界の仕事から離れさえすれば、体調が悪いのが治ったり、精神的不調から立ち直ったりできるのではないか? と考えるのも無理はないと思うのです。

 そしてそれはおおよそ正しいのでしょう。でもそれはIT業界とは関係なく、どの業界であっても、イヤイヤ仕事をしている人はその仕事を辞めれば、抱えている疾患はいったん雲消霧散してしまうものです。

 もし、現状イヤイヤ仕事している人がいるのであれば、「なるべく」イヤイヤでない方向に持ってゆく努力自体が健康法なのでしょうね。

◆ 趣味=仕事、を実現できるのか?

 実は、システム・エンジニアリングの仕事というか、例えばコーディングだったり設計だったり構築だったり、それらの仕事自体は、われわれはキライじゃないのです。というか大好きなのです。われわれがキライなのは、現場での人間関係や取引先、顧客、ベンダとの関係性、わずらわしさなんですよね。

 私たちは黙ってればいつまでもPCに向かってますからね。まったく苦にせず。

 ですので、先ほどの不労所得の話に戻れば、私たちの理想は、仕事を趣味にすることなんです。つまり、固定収入は別に持ち、生活に困らないようにしときながら、趣味で仕事をしたい。そして、イヤなら辞める。

 そう、イヤならいつでも辞められる、しかもこっちからちゃぶ台ひっくり返して、いつでもこちら優位に、という環境で仕事をしたいのですよ、私たちは。そして、辞めても常に引く手あまたで。三顧の礼でぜひウチに来てくれ、と言われ……。

 そういう環境であれば、生産性が上がるかどうかは分かりませんが、ストレスは劇的に減りますね。仕事に余裕ができますから、結果的に人間関係も好転するのでしょう。

 すると、あら不思議。つい先日まで「劣悪な環境」と思い込んでいた長時間労働も、長時間座りっぱなしもディスプレイ見っぱなしもすべて、楽しいことのように思えてきます!

 すべては環境次第というか、考えようです。

 さあ、理想は見えました。



◆ 現状をカイゼンすること

 仕事の内容自体がイヤなのであれば異業種に転職すればよいだけの話です。例えば、SE職の方が「エンジニアリング業務がイヤだ」というのであればそれはもう生き地獄に近いでしょう。

 でも以前書いたとおり、IT業界でなければ自分の実力を発揮できない、と考えるのであれば(あるいはもっと消極的に、IT業界もイヤだけど他の業界にうつるのも面倒なのでこの業界に残るしかないかも、みたいな考えであっても)、現状を変えてゆくしかないのですね。上に書いた理想のワークスタイルに、ほんの少しでもよいから、自分の環境を近づけてゆくのです。

  と考えるときに、いきなり、自分一人では業界慣習や体質を変えてゆくのは無理だよ、と大上段から考えるのではなくて、まず自分自身が、このIT業界で健康的に仕事してゆくにはどうしたらよいか?を考えてゆけばよいのです。末端の人間が考えるべきはまず自分のことであって、業界全体のことを考える必要はまったくありません。

 「仕事をしながら健康になってゆく術を考える」ことこそが健康法……いや、違うな。これは具体的な「健康法」ではなく、前提条件ですね(まだ前提条件から抜け出せていなかったか……)。



◆ 今回の結論

 「仕事をしながら健康になってゆく術を考える」とはすなわち、自分のペースで仕事すること。「ペース」とはライフサイクルもそうですし、精神的なものもありますね。

 不毛な人間関係に煩わされることなく、集中できる環境で仕事そのものに没頭できること(人間関係から逃避するのではなく、自分も寛容になる必要があります)。

 マネジメントがなってないプロジェクトに巻き込まれないこと。そういう状況でも常に自分を持ち、主張すべきところは主張すること。

 これらを、ただの理想論と片付けず、大真面目に、実現に向けて考えること。

 実現のためには現状と「闘う」必要があります。闘いのプロセスを回避することはできません。「闘う」気概がなければ残念ながら諦めるしかないですね。でも、「闘う」といっても一生闘い続けるわけではないですから。たまにはいいと思いますよ。

 闘うプロセスをどうしても回避したいのであれば、三顧の礼で迎えられるようなスーパーエンジニアになることです。ただし、スーパーエンジニアになるためには「闘う」以上に血のにじむような努力が必要になると思いますが……(例えばいくつものプロジェクトの修羅場をくぐり抜けるとか)。

 いずれにせよ、別な現場への配置換えや転職も、視野にいれる必要があるでしょう。自分を向上させるために。

 スーパーなエンジニアでなくとも、密度の濃い、ボリュームの大きい仕事は、ある程度覚悟しなければなりませんが、私たちはそれは望むところです。不毛な人間関係こそがno,thankyouなのです。不毛な人間関係を回避するためにはデフォルトでこちらが有利なように状況を変えてゆかなければなりません。