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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

運の良い子に育てる

blog.goo.ne.jp

困ったときに「偶然」誰かに手を差し伸べてもらえるような、そういう人材になるように自分の子を育てるにはどうしたらよいか? を常々考えており、まとまったらいずれ本でも出したいものだ(笑
まとまったら、つーか、結果を出さねーとダメだろな。

とにかく、試行錯誤(中)。焦ることもある。つーか今も焦ってる。
周りは塾だの受験だのって、小4から、判を押したようにはじまるわけでしょ。まあウワサには聞いてたけどホントにそうなんだ!と、思ったなあ。

オレの場合最初に書いた、運の良い子に育てるために、という方向性で塾とかに消極的なわけね。
困ったときに誰かが手を差し伸べてくれる、というのはイコール「運がよい」ということ。それはただのオレの定義ね。

でもさ、塾(に行かない)のと運が良いと何の関係があんだよ、と問われたときに明確に言語化された回答をもっていない。という言い方をしたのはね、「わからない」じゃなくて、それは企業秘密というか(笑
それと、いったところで相手が信じるわけがない。だって相手は、未だに、一流大学-一流企業=幸せ、という図式を、頑なではないがうっすら信じてるヤツらだから。「うす甘いサヨク」と同じなわけ。
そんなヤツらとは会話が成り立たない。

とにかくね、子どもらには常に、生涯、「幸せ感」をもっていてほしいわけ。それを実現するにはある程度、訓練が必要で、それは学校ではゼッタイ教えてくれないでしょ。いわんや塾をや。

東大を出たところで、大企業に勤めたところで、幸せ感がなきゃダメなんだよ。
ただし、カネがある、という状態は幸せ感に相当近いところまできている。

カネがある、という状態になるためには、ただ自力で働くだけじゃなくて、運がよくなけりゃダメなんだ。