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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

世紀末の人類の大発明

2012年09月 人間学

ameblo.jp

巷でよくいわれることですが、「検索すれば出てくることは、おぼえなくともよい」というのは、ホントにすごいことだな、と。人間のナレッジをみな(ほとんど?)サイバー空間にぶちこんでしまって。。

そこで必要となるのは、「正確な翻訳技術」なのでしょうかね。各検索エンジンの翻訳ツールではなくて、もっと血の通った、というか。

それにしてもこれは究極のアウトソーシング。。革命的。(いまさら、ですが)

ところで、それは本題ではなく。。

人間の潜在意識のもっと下に、過去からすべてつらなる人類の叡智(単なる「ナレッジ」ではない)があると聞きます。
また、個々人の潜在意識には、個々のすべての記憶が蓄積されていくと聞きます。
人間は、実は忘れてない。その証拠に、死ぬ間際に「過去の思い出が走馬灯のようによみがえる」という経験談、事例のいかに多いことか。

まったく僕の推測ですが、(以下)

個々人の潜在意識は、実はDMZのようなもので、人類共通の意識と薄い膜のようなもので隣り合ってはいる。完全に閉じているわけでなく、じわっと滲みだすかのように、個々の意識のほうが「あちら」に滲みだしていくこともあるし、その逆もある。

選ばれしヒトは、深く深く潜ってゆくイメージ(非常に強い想念)により、実際にそれを現実のものとし、潜在意識(記憶)のさらに下に「タッチ」することができる。
(※あくまでタッチするだけ ハマってしまったら、戻ってこれません タッチだけにとどめておくのが、「技術」でしょう)

タッチすることで、人類共通の意識下から、「何かとんでもないもの」を得てくる。
それは、なんなのでしょう? と考えてみても、わからないことです。ので、考えない。

個々人の潜在意識にある「叡智」は、その個々が亡くなったら、潜在意識のさらに下の人類共通の意識下にときはなたれてゆくのでしょうね。

僕が知りたいのは、その、人類共通の意識下と、サイバー空間との類似性? 共通性?などについてです。
サイバー空間というのは「人類共通の意識下」が総力をあげてつくりあげたバーチャルな空間なのだと思います。現代人は、実際にそれを構築したわけですが、ただの手足にすぎません。過去からの、そのようなwillがあったから、実現されているのです。

「実際に目にみえない」というのが共通しているところ。ただ、サイバー空間はカンタンにアクセスできます。そのアクセスするツールも、現代人が構築しました。

では、意識下へカンタンにアクセスできるツールは、できるのでしょうか?
「ナレッジ・データベース」のその背後にある「叡智」に対してのアクセス。
2000年以上も宗教家が考え続けてきたこと。

僕は、あと100年もしたら「できちゃう」ような気がしてならないのです。
実際、一部の真摯な宗教家や、(アヤしくない)選ばれしヒトは、できている。
ならばその手順を汎用的にすればよいだけの話しです。

僕なぞが考えなくとも、ある種のヒトたちは必死にそれを開発している最中なのかもしれない。
でも、人間の初期行動として、富(になりそうなもの)は独占しようとしますので、それはしばらくは公にならないのかもしれない。

なんというか。。「アヤしい」ヒトたちに独占されるようなツールでなく、汎用的になるのであればもっと健全なものになってほしいです。