元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

心と現実

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今僕が、この視界にとらえ、心で感じていることこそが現実。

つまり、僕の視界と心の動きとは別に、「現実」というものが別個に「在る」わけではありません。

たとえば。。
僕が風呂に入っているときに幽体離脱して(笑)リビングでテレビを見ているのだとしたら、テレビをみているほうが現実でしょう。僕はリビングに「在る」。物理的に風呂場にいるのだとしても。

。。まだ、深く理解していないので、たとえがダメダメですが。。

現実というものが視界と心の組み合わせなのだとしたら、やはり、「現実は自分の思うように変えられる」というのは本当です。
人間は心をコントロールできるのですから。そして、人間は向きを変えられる(つまり、視界を変えられるということ)のですから。

イヤなものからは目を背けることができる。たとえ批判されたとしても、別に目を背けてもかまわないのです。

「心をコントロールできる」というのは、そう思えばできる。自分の心というのは自分の意志ではいかんともしがたいと考えている人があまりに多すぎるのでしょうね。