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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

行きたいところには、行けるのだ。

ameblo.jp

都心の地図を開くと、行きたい場所、道は(たぶん)ぜんぶ行った。細かい路地裏もおおよそまわった。
バス路線はすべて踏破した。都心の電車はもちろん踏破。電車に関しては踏破どころか、全駅で乗るか、降りるかしている。

これで、「いきたいところにはすべていった」。幸せ。

オレはなぜ、日常で世界地図を開かないのか?
世界地図であれば、ほとんどすべての場所に、いってない。

でも別に、強くいきたいところがあるわけではない。

軽くいきたいところは、ある。でもそんなでもない。
正直いえば飛行機に搭乗したり、異国で違う言葉でコミュニケーションをとるのが、すっげー死ぬほど面倒くさい。


都心の地図を広げてあの道はいった、あそこはまだか? といってるオレははたして「ちっちゃい」人間か?

おそらくちっちゃくは、ない。オレの恐ろしいミニマムな経験値は、いずれ評価されるだろう。

常にポーズで世界地図を携帯し、広げ、あーあそこにいきたいなーお金ないなーなんて常に不満感とトモダチでいるヤツ。
こういうヤツこそ「ちっちゃい」に違いない。が、まだ確信はない。

でもムカシはこういうヤツのほうが器の大きいヤツと思われていた。でも今はそんなでもない。変わってきたのであれば正しい世の中になってきたということ(やっと!)。


人は、「自分の器にふさわしい地図を広げるべき」なんだよ。