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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

オリーンピック。(ホームセンター)

2012年08月 スポーツ(ってそんなサワヤカじゃないし) 成功法則・カネ持ちになるには

ameblo.jp

オリンピックをみててあらためて思うこと。。

それはね、

限界を超える練習ってのは、好きじゃないとできないってことなんだよ。

やっと、日本人は気づきつつあるというか。

「楽しむ」発言の是非につながる話なんだけど。。

メダルを量産したいというリアリズムに対してじゃあどうするか? と、対策を練って練って、練った結果として「楽しむ」に到達したに違いない、と思うんだよね。

「努力する」とかさ、「頑張る」っていう概念と、身体に対して冷徹に、世界で勝つための「負荷をかける」ってのは、「半ば」相容れないんだよ。

限界を超えた練習をするためには、努力や根性じゃダメなの。超えられないんだよ。
練習の時点で楽しまなきゃダメなんだ。
コーチは選手をおだてるのも必要だ。そして練習をゲーム形式にするのはもっと大切だ。

とにかく「勝つためにどうするか?」リアリズムに徹するとどういう結論に達するか? 過去の先入観や過去の人間の成功体験に惑わされてはならない。現代は、過去よりもものすごくスポーツが発達しており、過去の慣習ではいかんともしがたいのだ。

そして、本番では、本番で選手の実力どおりというか、いっそのこと実力を超えた力を出させるにはどうするか? のリアリズムを徹したときに、「楽しむ」という考え方が生まれる。

選手に「ネガティブなプレッシャー」をかけつづけるだけでは、ダメなんだ。


それと、ちょっと関係ないけど1996のアトランタ、2006年W杯でサッカー代表は仲違いであっけなく崩壊して、それを各スポーツ関係者は如実にみてたと思うんだよね。
とにかく、死ぬほど練習させてきて、結果的に本番の日程に入った後にチームを「崩壊」させてなるものか! と。

そのために、死ぬほどアタマを振り絞ってきた。その結果、日本人にフィットしたのが、「補欠も含んだ一体感」なんだよね。

いかに補欠をクサらせないか。いかにして補欠を、レギュラーをサポートさせる役割に回すことができるか。

補欠がクサらずに、レギュラーをサポートしてくれたら、ものすごくチーム力が上がるんだよね。

そのへんは、はっきりいって一種のマインドコントロールなんだよね、その大会だけの。
補欠にも「役割」を与えるんだ。
補欠っつっても日本トップクラスだ。どうやってそのプライドをくすぐってあげるか。

なぜ補欠なのか? ってのは、包み隠さずいってあげたほうがいいんだろうな。
実力で甲乙つけがたいのになぜアイツがレギュラーでオレが補欠なのか?
それは、監督が目指すチームの像の中では「アイツ」クンがレギュラーなだけであって、真の実力ではない。オマエのほうがホントは上、ぐらい「くすぐって」やったほうがいいのかもしれない。