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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

好きでも嫌いでもない人がほとんど

2013年06月 人間学 超健康論

tatsuzawatokyo.blog.fc2.com

いちいち、何かあるごとに感情を揺り動かされなければいけないのかよ! と、ムカシ何かに書いた記憶がある。

僕の場合はね、僕に直接的な影響を与える人たち、親とか家族とかビジネス上で会う人とか近所の人とかよくいく店の人とか。。コンビニの店員とか駅員さんとか。
おおよそ同じ時間のバスや電車に乗る、微妙に気になる人とか。

そういうコミュニティの「外の人たち」に対する印象、評価はカンゼンにフラット。
「外の人たち」とは、たとえばタレントとかアナウンサーとかね。

だって、あったことねーんだもん! わかりようがねーじゃんか!

ブラウン管の向こうの人たちに即座に好き嫌いの判断をくだせるのはなぜなのだ??

別に好きでも嫌いでもないよ。ブラウン管の向こうで悪人を気取って毒づいてるやつでもね。

もっとはっきりいってしまえば核実験をしやがった北朝鮮の大統領も、あまりに遠すぎて「好きでも嫌いでもない」。
北朝鮮という国柄は嫌いだが。(支那も韓国も)

官僚、っていうのもようわからん。別に嫌いでもない。好きでもないけど。なぜなら、ようわからんから。
官僚を嫌いだと思わせたい、という明白な意図を持った報道がされるとすぐになびく。それが愚民。

僕はなびかんぞ。わからんものはわからんと言おうぜよ。


と、考えるのがふつうのはずなのに。

真逆なヤツが多いような。ごく近しい人たちに対してはフラットで、芸能人や政治家に対しては好き嫌いの感情をむき出しにするような。

それはなぜ?
この「なぜ?」の気持ちを大事にしようと思う。