元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

飲食店という「宗教」

ameblo.jp

飲食店ですら「宗教」になってきます。
常に1時間待ちの「三田二郎」とか、先日閉店の際ちょっとしたムーブメントになった「東池袋大勝軒」とか、あれは立派な宗教であり、どちらもちょっと太めのおやっさんがバックにどっかと構えていましたが、あのおやっさんが「菩薩」なのでしょう。
そして菩薩が供する怪しげな料理を、信者が食しにくる。。遠路はるばる。1時間並んで。
あの料理には、菩薩の汗が含まれている。。(と考えるのは穿ち過ぎかもしれませんが、一面の真実ではあります)


あれが宗教でなくてなんだろう。


友里征耶さんのブログによれば、マスコミの扇動により有名になった某寿司屋においては、わざわざ遠方よりかけつけ、「おいしい、きてよかった。。」と泣いているヒトもいるとか。
でも、そこで供される料理は、決して、東京でいちばんおいしいというわけではない。確かにレベルは高いが、一番ではありません。

でも、マスコミの扇動効果とあいまって、ただの飲食店が宗教的な色彩を帯びてくる。。


私がマスコミを毛嫌いしている理由がひとつ、わかりました。(【重要】マーク)
マスコミは、ファナティックな市民を生成しやすいわけですね。本来、全くその必要はないにも関わらず。


で、とあるお店が偽宗教法人と化したとき、カンチガイしてしまうお店が大多数なわけですね。お布施(料金)をつりあげてみたり。料理(お経、教えとなるもの)がテキトーになっていったり、部下にまかせるようになったり。。