元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

死と宗教観3

stevengerrard.hatenablog.com

 

ブッダの夢―河合隼雄と中沢新一の対話

ブッダの夢―河合隼雄と中沢新一の対話

 

 

 

仏教が好き! (朝日文庫)

仏教が好き! (朝日文庫)

 

「中沢 (略)微生物から始まって草食動物から肉食動物まで、どんな動物たちも苦しみを取り去って、楽を得たいと願っているのに、それができないでいる。巨大な食物連鎖のなかに生きていると、お腹をふくらませて楽になりたいと、ほかの動物を殺しますが、お腹がいっぱいで楽になったのもつかのま、またお腹は空いてきて、狩りを始めなければならない。それにどんな生き物も年を取る、そして死を免れることはできない。たとえライオンでさえ、年をとればもはや安全ではなく、いったん力を失って倒れれば、ハイエナのような腐肉を食べる動物の餌食になっていく。動物たちには、どうしたら本当の楽を得ることができるのか考えるための「余暇」がないっていうんですね。
人間に生まれたことの素晴らしい点は、食物連鎖を抜け出たおかげで不安や苦しみが少なくなり、本当の楽を得るためにどうしたらよいかを考えることのできる「余暇」が、可能性として与えられている、ということにあります。ところがたいがいの人間は、そうやって与えられているはずの「余暇」を、ちゃんと利用できないでいます。もっとお金がほしいと言ってはあくせく働き、もっといい地位がほしいと言っては、あくせくと学内や社内で政治活動にいそしみ、もっと名誉がほしいといっては、勲章を手に入れるために時間を浪費し、そうでなくともレベルの低い楽を楽しむために、くだらない他人のうわさ話に耳を傾け、娯楽にうつつを抜かしたりしています。何という時間の浪費をしているんんだろう、とお坊さんたちは僕の目をのぞき込むのです。(略)



つぎは自分の人生をじっくり反省してみて、どんなにせっかくの「余暇」を自分が無駄にしているかを、考えさせてくれます。(略)どんなにうまいものを食べても、それは舌の上を通過していくわずかな時間にだけ味わうことのできる、はかない楽にすぎないし(略)お金や勲章は幻影にすぎない。そういうものは、けっして本当の楽を、私たち生物に与えてはくれないのさ、と言って、だんだんと仏教に引っ張り込んでいくという手を使うんですよ。僕はみごとにはまりましたが(笑)」