元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

日本人の正しい食事(4)

日本人の正しい食事(4)

 

(以下、すべて引用)

石塚左玄系譜のなかでは大正末期から昭和初期にかけての旗頭であったG.Oこと桜沢如一が、昭和三十年にアフリカへ行き、あのシュバイツァーのいるランバレーネを訪ねました。”アフリカの聖人”と呼ばれるシュバイツァーの病院に入院中の患者の大半は、熱帯性潰瘍の多発から癩病様症状を呈しており、膀胱尿道炎を併発している者もたくさんいました。そこで桜沢は原住民の酋長会議に陪席したとき、
「このような病気は昔からあったのか」と訪ねてみました。
「いや、昔はなかった」
「いつ頃から多くなったのか」
「三十年前頃からだ」
「それだと、シュバイツァーが来てからじゃないか」
酋長たちは一様にうなずき、「あのホワイトの奴らは、おれたちを滅ぼそうとしているんだ。奴らこそ人類の敵だ」
(略)
文明社会の砂糖、白パン、缶詰などが持ち込まれ、それらを食べるようになった原住民たちは、それまでになかった病気に罹るようになったのです。こういう例は世界各地で見られます。