元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

今に集中

過去のことを悔やんでもしょうがない、とか、

未来のこと、起こるかどうかわからんことを憂いてもしょうがない、とか、

今に集中せよ、とか、よくいわれますけどね、

いや、もちろん、そのとおりなんですけど。

結局どういうことかというと、やっぱりね、まず「今に集中する」ことが先なんですよね。

今に集中すると、なんというか、結果が出ますよね。そりゃそうだ、一生懸命にいろいろやるんですから。

そうすると、良い結果が、どんどん過去に流れてゆくでしょ?
ま、それも当然。

そうすると近過去がどんどん良い想い出ばかりになってきて、昔のあんまり良くない過去を上書きしてゆくんですよこれが。

結局、「悔やむ過去」が隠れてゆくわけです。
今、成功している人たちなんかも、たくさんの悔やむ過去があったはずなんだけど、それを全部成功体験で隠しちゃってるわけです。

そうすると、たまに風呂入ってるときなんかに、過去の苦い思い出が良い想い出をかいくぐって、ぽわっと出てきたりするんですけど。。

「まーいろいろあったねー」のひとことで、終了〜
あんまり、感情がゆり動かされないわけです。昔と比べて。もう、苦くないんです。

これにて禊終了。「消化」とでもいいましょうか。セドナ方面では「解放」と呼んでいるようですが。


それと、未来の話しなのですが、今を一生懸命に生きていると憂う未来なんて視界から消えちゃう。

それはね、消失するってのもあるし、単に視界から消えてしまうだけのものもあるのかもしれないけど。
でも、視界から消えるのは事実。視界から消えているうちにさらにまた「今の今」を一生懸命に生きるのです。

そうするうちに、「体力」ができる。将来的にもし、憂うべき出来事が発生したとしても、それに特化した対策をとっていなかったとしても、「体力」ができているから、なんとかなるんです。

それと、今を一生懸命生きていればいざというときに仲間が助けてくれる。