元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

ラジオ深夜便(の雑誌)

この小津安二郎論はホント秀逸
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小津安二郎監督の「東京物語」(1953年)がお勧めです。小津はこの映画で、公務員恩給で暮らす老夫婦とその子どもたち、男も女もそれぞれに収 入を持って独立して暮らす家族を設定しています。家族全員が経済的に自立するとこうなるよ、ということを見事に描いているんですね。多くの評論家 はこの映画の技法面を取り上げてほめそやしますが、家族問題を取り上げた映画としてご覧になるとおもしろいと思いますよ。

―老夫婦にいちばん親身になってくれたのが、戦死した次男の未亡人・紀子[原節子]という設定ですね。

血縁は人間と人間のいい関係を必ずしも保証しないという小津のメッセージですよね。母親・とみ[東山千栄子]が亡くなって、子どもたち全員が駆け つけるけれども、葬儀が終わるとさっさと帰ってしまう。「みんな薄情よ。お葬式を済ませたらさっさと帰ってしまって」と憤慨する末娘の京子[香川 京子]を紀子が、「みんなそれぞれの生活があるのよ。こんなものじゃないかしら」と優しく説得するシーンは見事ですね。小津は、三世代同居の家族 形態は貧困がもたらした制約によって維持されていたことを見抜いていたんです。そして注目すべきは、「『東京物語』の描く家族像はけしからん」と いう反応が、公開当時からなかったということです。現実の日本人は、当時から、家族にほのぼのとした幻想なんて抱いていなかったんですよ。