元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

「幸せ感」の領域は自由

世の中で、二世議員がハバを聞かせていたり、親や祖父母の経済力で格差が生れたり、そういうのは如実にみてきたように思います。
そういう現実は確かにある。

でも、そんなにガチガチに、子供の進路が親や環境に決められるわけでもない。日本はかなり自由です。
この国で下克上はけっこうアリです。
格差について文句を言う人は多いですが(しかも、なぜかふつうに中流で生きている方に多いような。。努力すればもっと上のステージにいけるのに。。)

そういう方は、地位によって幸せとかか、豊かさが決まると考えているのだと思いますが、そこからして器が狭小というか。。

たぶん幸せ感という意味では「ふつうのサラリーマン」 がいちばん幸せであり、豊かだと思うのですが。
カネに人生を振り回されないぐらいのほどよさ(「少なさ」といってもよいでしょう)。

それって具体的には、二流〜三流大卒*奥さん短大卒 ぐらいでいけるんじゃないでしょうか?


幸せと思い込めるかどうかは完全の自由の領域なのです。意志さえあれば、格差社会の中流より下の方でもぜんぜんいけます、というか中流の人がもっとも幸せと思い込めやすいのです。
それに気付いていない人は相当いるんだな、ということに最近気づいたのです。