元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

引用 修身教授録

修身教授録 (致知選書)

修身教授録 (致知選書)

教育の仕事というものは、常に種子蒔きであり苗木を育てるようなものであって、花実を見る喜びは、必ずしも教育に本質的なものではないからであり ます。それゆえにまた、悲劇的といえば、たしかに悲劇的と言い得るものがあるともいえましょう。併しこれをもって単に悲劇的とのみ思う程度では、 じつは真の教育者たる資格なきものといわねばなりますまい。
というのも、現世的欲望を遮断しつつ次代のために自己を捧げるところにこそ、教育者の教育者たる真の使命はあるからであります。すなわち花実の見 られる希望がなければ、真の努力ができないようでは、よし為政者ではあり得るとしても、真の教育者とはいい難いからであります。否、為政者として も真の為政者は、自己の努力が在職中にその全部の結実を見ることを念とせず、必ずや後に来る為政者に、自己の努力の収穫をゆづる程度の雅量と識見 とがなければ、真に永遠の大計は樹てられないでありましょう。