誇りと繁栄(5)
カクゲニスト・アクティビティ
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- 右傾化のたとえ
- 作者: 小林よしのり
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 1998/06/01
- メディア: ペーパーバック
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あの本により日本人が(特に若者)右傾化に舵をきった、とされる歴史的名著です。
第二次世界大戦で、たとえば特攻に出たヒトたちが残した文書、遺書があり、「国のために死んできます」と。。
その(あまりに)毅然とした文章に対して「ホンネはもっとぐだぐだだったはずだ!」と突っ込んでいたのが、戦後の庶民の左傾化思想。
まさに特攻というときに、天皇陛下万歳、なんていってないだろう、やっぱり「死にたくない!」だろう、と突っ込みをいれる、「戦争」そのものを知らない世代。
コワくて仕方がなかったに違いない、未練たらたらだったに違いない、お国のためになんて、軍事国家に洗脳されて言わされていたことじゃないか、と。
僕が考えるその後の右傾化(ゆりもどし)というのは。。(僕自身の)
左から右へ旋回する、というハナシじゃなく、日本人がもう一段上にのぼったんだと思っています。
つまり。。「お国のために死んできます」という若者が書いた文書に対して「それはホンネじゃない! 軍事国家に洗脳されていたんだ!」と突っ込みを入れていた段階から、「確かにホンネじゃなかったかもしれないけど。。だから何か?」といえるようになってきた、と。
お国のためだろうが、洗脳されていたのだろうが、20かそこらの若者が国家のために殉じることができる、そこまで諦観できるというのは、やっぱりすごいことなのではないか? 我々も見習わなければならないのではないか?
というところまで思想的に、きたと思うのです。
たとえば、戦国時代の若者は、16歳ぐらいでもう元服して戦場に出ていった、と。。
それに対して敬服する思いは、今の僕にはあります。
左傾化したヒトたちは、戦国時代は許容して、第二次世界大戦は許せないのでしょうか? だとしたらそれはなぜか?
それは、アメリカの占領政策が、第二次世界大戦に対する庶民の考えを「封印」(あるいは、「封殺」)してしまったからではないか?
戦後60年もたってやっと、その封印が解かれてきたのではないか?
若くして「覚悟」をもてることのすばらしさ。いつまでもいつまでも、30になっても、ぐだぐだと人生に対して覚悟ができないこの時代に。。
過去にはなぜ若者はあれほどまでに「覚悟」ができたのだろうか? と考えてみるムーブメントが起こるのはなんら不思議ではないと思います。
そういえば小林よしのりさんは「それにしても当時の若者の達筆さはどうだ」と書いていたのですが、それはさもありなんと思います。
若者が、きれいな字をしたためることができる、というのは、けっこう象徴的だと思われます。
というのは、僕自身、日本人がこれ以上日本語の字を書くのがキタナくなっていったらマズいんじゃないか、という思いがありますし、そう思っているのは僕だけじゃないと思います。
字は心をあらわす、あるいは字は「心の鏡」というのはあながち迷信ではありません。左傾化したヒトたちはおそらく迷信であると言い切れるのでしょうし、とあるヒトが左傾化しているか右傾化しているかを推し量るよきリトマス試験紙になることでしょう。