元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

歴史とは

本来の日記部分

カープ前田智徳選手が巨人にトレードされる夢だった。

ミチクサ(散歩、都市論etc)

  • 歴史とは

江戸時代を回顧するときに、世の中は武士だけではなかったのだ、それどころか、武士というのはほとんどおらず、庶民が暮らしを形成していたのだ、というのは糸井重里さんの弁だったと思いますが、明治以降も、戦前、戦中についても、世の中は兵隊さんや貴族だけがいたわけではなく、市井の暮らしというものがあったはずなのです。

そして戦後も、兵隊はいなくなったかもしれませんが、戦後史を回顧するときに、政治家とか芸能の華やかなりしところばかりクローズアップされますが、結局支えていたのは庶民の暮らしなのです。

戦後史というのは、ねつ造されているとまではいいませんが、間違ったところにフォーカスされすぎではないかと思っています。

60〜70年代は安保の時代、学生運動浅間山荘、赤軍、とかそういう派手めなところばかり並べられてしまっています。
僕らもそのように思い込まされてしまっています。

でも、その登場人物は、やや特殊な人種で、その特殊な人種を支えている庶民の暮らしがある。


。。書いていてわかりましたが、結局歴史というのはそういうものなのですね。華やかな部分、センセーショナルな話題、ショッキングなニュースばかりが歴史書に残ってしまう。

ということは、僕にとっては、その時代の「サマリー」「トピック」だけ書かれている歴史書というのは必要ないということになりそうです。


イマイチ。。「リアル」じゃないのです。
たとえば僕はバブル華やかなりしころ、確かに生きていましたが、バブルの恩恵を受けたことはただの一度もなかった。
生きるのに精一杯でした。