元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

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横浜で、オモチャの拳銃か何かを見せびらかしていた高校生を酔っ払った警察官が注意したとか殴ったとか。。そういうニュースを聞いて考えますのは、

「親はなくとも子は育つ」というのは未だに、完全に通用するハナシです。

ですが、親が「ハンパにいる」という状況が、いけないのだろうなあ、と。

「ハンパにいる」よりはいっそのこといないほうがいいわけですね。これははっきりしていることなのでしょう。

これは、親がコドモと「トモダチのように」接しているのが元凶だと確信していますが、違いますか?

外国の真似をしているのであれば、外国のようにその家庭だけにキリスト教倫理観を持ち込まないとダメですよ。その家に、親以上の「神」を設定しなければ、親とコドモは「トモダチのように」接してはいけないのです。ゼッタイに。(【重要】マーク)

先生と生徒の関係もそう。

河合隼雄先生の発言の中で、思春期ぐらいになるとコドモには近所のオジサン的な親以外の理解者、半保護者が必要である、とありました。これですよね。

なんか、よくわからない、親の「あれしちゃだめ、これしちゃだめ」と正反対のことを言うようなオジサン。。

いいですね、こういうヒトを目指したいものです。