仕事より自分の「課」のほうが大事
my格言・my座右の銘(自作自演)
- ちょっと変わった言動をとることはもはや誰にでも出来るが、ちょっと変わった行動をとることはまだ誰にでも出来るというわけではない。(20020825)
残存するムカシのメモより。5年前にしてはなかなかいいことを書いています。
こうありたいまたは反面教師
- 働きすぎが悪いわけじゃない
おそらく、家に帰ってやること(「課」)をたくさんつくって、仕事を切り上げて早く家に帰るようにする、ということなんですよね。僕がやっていることは。
でも実はその「課」というのはまったく義務ではないという。。でもそもそも自分が主体的に設定する「課」というのは義務にはなりえませんが。
家では「寝るだけ」だからだらだらと残業してしまう。。 で、朝はいつもギリギリか「予定調和」の遅刻。
そういうのがすごくイヤです。だから早起きを始めたわけですが。。
早起きも「課」でしょうね。早く起きるから、早く眠くなるわけで、夜遅くなると生産性が下がってくるから、仕事は自然早く上がらざるを得ない、という「好循環」。
どう考えても自分のやっていることは正しいのですが。。
「悪いはずがない」と。
言い方を変えれば企業組織の犠牲にはならない、ということ。
再録
「男はつらいよ」のテーマソングの歌詞の中で「目方で男が売れるなら こんな苦労もかけまいに」というものがあり、昔から何となく好きです。シリーズはほぼすべて見ていますが。。
「目方で男が売れるなら」の解釈は人それぞれでしょうが(それに、作詞した人は深い意味はなかったのかもしれません)、昔、異常に口下手だった自分は、たとえば面接などでアピールすることができず、これと似た感情をおぼえました。
要は「『ポテンシャル』で男が売れるなら」(他のヤツには負けないのに)と思っていたのでしょうね。
寅さんはテキ屋ですから、インチキな物品を口八丁手八丁で売って生きていかなければなりません。だからいっそのこと「目方で男が売れるなら」なのでしょう。
「ポテンシャル」はあると思ってるんですけどね。。 今現在はそれなりに「売れて」いるのですがまだまだ最安値かと。。 今現在の自分であればこれを「驕り」ととられてしまいますので、もう少し積極的に表層的な自分の価値を上げてゆかなければなりません。
で、「無名時代」(つまり、過去から今にかけてずっとです)に自分を鼻にもかけなかった人たちを見返してやらなければ。。
こういう古典的な「なにくそ」感情をこの歳にもなって持ち続けているのは結構珍しいのではないかと、自己分析しています。おおよそ、こういう感情は諦めてゆくものでしょう。