元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

現場終了(昨日) 正夢 逸材について

本来の日記部分

  • 体調

暑い中歩きまわり、倒れそうになりました。

  • 仕事

昨日の日記に書くのを忘れたのですが、4月からの現場を昨日で終了。
サイアクの現場だったといってよいでしょう。そしてサイアクの終わり方といってよいでしょうね。

次はまだ決まらず。。
今日はハラの立つメール、電話がいくつか入ってきました。

2007/2/27の日記を見返していたのですが、(以下再録)

副業かなにかで大儲けじゃなくて、「小儲け」した夢をみました。100万ぐらい銀行に振り込まれていたのです。正夢になってください。

でもその夢の中では、なんとなく重苦しい雰囲気で、その後、バクチでスるのか、投資に失敗するのか、とにかく、その100万はあっという間になくなってしまう、というシナリオが出来上がっているような感じでしたね。だから、自分も周りも、お金が振り込まれても喜んでいなかった。夢の中では皆、予見できたのでしょうか。
(再録おわり)

かなり近い感じで、正夢になっていますよ!

2007/6/16には以下のように書いています。
サイドビジネス(?)順調。。

精神的に非常に楽です。

(おわり)

この間、約3ヶ月。
3ヶ月前に見た夢は正夢になる??

抜粋・紹介

才能と言うのは、
世に認められたいという意志を含むものだから、
才能の天敵は、"照れる"ことだ。

(抜粋・紹介おわり)

いつだったかな。。 今月(6月)であることは確か。

すばらしいコトバですね。


  • 逸材

自分はヒトの上に立つ逸材ではない、というのは、20年以上前から薄々わかっているはずなのです。

あるヒトがどういう逸材か、というのは、高校ぐらいまでの集団におけるポジショニングがおおよそ、反映しています。

そこから「大学デビュー」あるいは「社会人デビュー」しようとしても、なかなか難しいものです。
環境や、周囲の人間が一新したときに、自分自身も変えてしまおうとするヒトがいますが、最初は快調にこなせていても、結局は元のサヤにおさまってしまったりします。


それでも、なおもあがくというか、なぜ「ヒトの上の立場」に未だに苦しめ続けられるのか。。
それよりもなによりも、なぜ、その立場にいるのか。向いていないのに。。

ココロから望んでいないポジションなのに、なぜそこに立たされているのか。。

それを「仕事だから」といってしまうのは、簡単でしょう。

単に年齢が上がったからといって、別にヒトの上に立たなくてもいいだろう、と思ってはいるのですが、最近思うのは、すべては「業」なのではないか、ということです。

ですが、一生続く「業」でないのであれば、いずれ(すぐにでも)降りたいものです。
経験としてはもう十分、十二分です。


ところで、それ以外にも、自分が「インディペンデント」だということも同じく20年以上前から知っていたはずなのです。薄々ですが。

ヒトの上に立つ逸材でなく、かつインディペンデントなのであれば、行き着くところは「独り」なのでしょう。
まあそれは慣れっこですが。。

非常に牧歌的な風景というか、気の合う仲間とわいわいと議論したり仕事したり、という風景に憧れなくもないです。

皆が皆、個としては十分独立していて、フラットな関係性で成り立つ組織であればいいなあ、と思いますね。


自分の行動を常に客観視するのは大事です。若干の批判精神をもって。
「批判精神」とは、こでれいいのか? と常に自問自答することです。