元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

岸田理論

抜粋・紹介

日本人と「日本病」について (文春文庫)

日本人と「日本病」について (文春文庫)

「岸田 ぼくに言わせれば、あいつは悪人だと言って正義を振りかざす奴がいちばんたちのわるい悪人です。それにしても、なぜ日本人はこうも自分が善人であると思いこめるのか。
山本 これも幻想だな。
岸田 (略)ぼくは以前、主観と客観は逆比例する、という文章を書いたことがあるんです。たとえば、自分が思いやりの深い人だと思いこんでいる人間がいるとします。自分は他人の気持ちをよく理解し、汲みとってやっていると、日頃考えているわけです。すると、彼は自分が人の心を理解せず、人を傷つけるケースがあってもそれに気がつかない。(略)逆に、真に思いやりのある人間というのは、自分はつねづね、人の心を傷つけてしまっている事実をよく知っているんです。主観と客観の関係というのはそんなふうに逆比例する。それを、(略)主観イコール客観と置いてしまうから恐いんです。
山本 パウロにみられる「罪」の意識というのは、”わが欲する善は行わず””わが欲せざる悪を行う”である。この罪のある人間から、どうやって脱してゆけるのかという問題意識なんですね。(略)」

「山本 相手の人格を考えないで、ひたすら能率的なシステムを考えるというのが、向こう[追:アメリカのこと]のやり方なんですね。
岸田 人格として扱われるのはいいんですが、十分な食糧も弾薬も与えられず、「やる気」だけを強要された日本兵は、それこそ塗炭の苦しみで、目を覆いたくなるような悲惨な状態に追い込まれたわけです。また、こういうことが、自分はいいかげんな補給計画、作戦計画しか立てないで、部下の「やる気」を当てにし、事がうまくゆかないと、その不足に責任をなすりつけて部下を責める卑怯な上官を生み出す余地を与えたわけです。兵の人格を考えず、部品視した向こうの軍隊の方が、部品の能率的運用のために、兵の安全や健康に日本軍とは比較にならぬほどの配慮をしたわけで、いずれにしてもプラス、マイナスなんですよ。戦争では日本のやり方のマイナスが大きく出、戦後の経済成長においてはプラスに出たわけです。」
(抜粋おわり)
岸田理論では、「負けと思うから負けるんだ」という日本人の根性主義をボロクソに批判していますが、自分はそうは思いません。
その点、この日記でも何度か(勝手に)紹介している内田博史さんの日記の考え方「口に出したこと、強く思ったことは潜在意識にすりこまれ、そのうち現実と非現実がごっちゃになって、脳がカンチガイを始めてすりこまれたことは実現される」という考え方のほうにシンパシーを感じます。

なぜだろうか。単に、今自分の考え方がそっちにふれているだけということでしょうか。