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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

安岡正篤

引用 道教

引用 - 元祖【ひとり公論】stevengerrard.hatenablog.com 道教の方に十多の説がある。 一、思多ければ神(こころ)怠る 二、念多ければ志散る。 三、欲多ければ智損ず。 四、事多ければ形疲る。 五、語多ければ気傷(やぶ)る。 (べらべらしゃべるのは気が…

行詰りを見せずして 一生を終る

tatsuzawatokyo.blog.fc2.com 私の好きな一訓に、有名な鎌倉彫の元祖がその子孫に遺した名言がある。「志業はその行詰りを見せずして一生を終るを真実の心得となす」。いかにもと感服する。不肖も生ける限りは、その行詰りを見せずして、よく勉強したいと念…

〈日計足らず歳計余りあり〉

[再録][引用]〈日計足らず歳計余りあり〉 - シニアICT土方の【IT公論】blog.goo.ne.jp これなんですよ、オイラの座右の銘は。 〈日計足らず歳計余りあり〉 安岡正篤先生の、素晴らしい御言葉を書く。 〈日計足らず歳計余りあり〉日計不足。歳計有余 一日一日…

(家庭訓)

引用 - 元祖【ひとり公論】 引用 - 元祖【ひとり公論】 [親族に] 一、随時、物を贈る(盆暮でなく、気がついたときに心のこもった贈物をする)。 二、事無くして偶々(たまたま)訪(おとな)う(用事のないときでもふらりと寄ってみる)。 三、小信を忽(…

不惜身命、但惜身命

2012-05-18 2012-05-18 - 【ひとり公論】([新庶民]論) これが、もう少しでわかりそうなのです。(まだ、若輩ゆえ。。)(以下、引用)この現実、この刹那、この寸陰(わずかの時間)、この場、この身というものが、何よりも大事なのである。無限に愛惜(あ…

引用

[:title=引用] 【三不幸】伊川(いせん)先生言う、人、三不幸あり。少年にして高科に登る、一不幸なり。父兄の勢に席(よ)って美官となる、二不幸なり。高才有って文章を能(よ)くす、三不幸なり。 (『伊川文集』)年の若いのにどんどん上へあがる。世の…

引用

引用道教の方に十多の説がある。一、思多ければ神(こころ)怠る二、念多ければ志散る。三、欲多ければ智損ず。四、事多ければ形疲る。五、語多ければ気傷(やぶ)る。(べらべらしゃべるのは気が散るものであることは誰もよく気がつく。)六、笑多ければ臓…

引用

引用(家庭訓)[親族に]一、随時、物を贈る(盆暮でなく、気がついたときに心のこもった贈物をする)。二、事無くして偶々(たまたま)訪(おとな)う(用事のないときでもふらりと寄ってみる)。三、小信を忽(ゆるがせ)にせず(一寸した約束事などいい…

引用

引用 「四十、五十にして聞こゆるなきは」 名を天下に馳(は)せるなどということはあえて自ら欲すべきことで はない。 場合によっては親戚・縁者だけの間でもよい。いい叔父さんだよと言われるだけでよろしい。 大小は問わずどこかでやっぱり聞こえ なけれ…

不惜身命、但惜身命

不惜身命、但惜身命これが、もう少しでわかりそうなのです。(まだ、若輩ゆえ。。)(以下、引用)この現実、この刹那、この寸陰(わずかの時間)、この場、この身というものが、何よりも大事なのである。無限に愛惜(あいせき)すべきもの になる。これを「…

自修自立

理想精神を養い、信ずるところに従って生きようとしても、なかなか人は理解してくれないし、いわゆる下流だの凡庸だのという連中は往々にして反感を持ったり、軽蔑したりする。 そういう環境の抵抗に対して、人間が出来ていないと、情けないほど自主性・自立…

引用

(家庭訓) [親族に] 一、随時、物を贈る(盆暮でなく、気がついたときに心のこもった贈物をする)。 二、事無くして偶々(たまたま)訪(おとな)う(用事のないときでもふらりと寄ってみる)。 三、小信を忽(ゆるがせ)にせず(一寸した約束事などいい…

引用

【緑のオアシス】 要するに、人々が己れ一人を無力なもの、ごまめの歯ぎしりと思わず、如何に自分の存在が些細なものであっても、それは悉く人々、社会に関連していることを体認して、まず自らを良くし、また自らの周囲を良くし、荒涼たる世間の砂漠の一隅に…

引用

「四十、五十にして聞こゆるなきは」 名を天下に馳(は)せるなどということはあえて自ら欲すべきことではない。 場合によっては親戚・縁者だけの間でもよい。いい叔父さんだよと言われるだけでよろしい。 大小は問わずどこかでやっぱり聞こえなければ、四十…

不惜身命、但惜身命

これが、もう少しでわかりそうなのです。(まだ、若輩ゆえ。。)(以下、引用)この現実、この刹那、この寸陰(わずかの時間)、この場、この身というものが、何よりも大事なのである。無限に愛惜(あいせき)すべきものになる。これを「但惜身命(たんじゃ…

引用

富や位や才智などは結局人の愛に値しない。 要するに徳を補助するにすぎないものである。 真に人を愛すればその人の徳を厚くするように仕向けてやるべきである。 つまらぬ人間は、人を愛するにも一時の間に合わせ(姑息)ですませる。 金があれば金をやり、…

引用

大器晩成という言葉があるが、人は自然が晩成した大器だ。<高等動物の中で>一番後で作ることに成功した。まあ、大器といってよい。 まさに大器晩成で、大自然という偉大な創造者が何十億年もかかってやっと作ったもの。だから、自然の法則は人間においても…

「無欲」

心を養うには「無欲」が一番善いと古人が教えて居(お)ります。 これを誤って我われが何にも欲しないことと(略)解しては、とんでもないことです。 それならば死んでしまうのが一番手っ取早い。ぼけてしまうのも好いことになる、 そういうことを無心とか無…

引用

修養学問のし始めはとかく鼻についたり、仲間外れになるものが多い。之を僻と謂う。 (引用おわり)ああ。。わかりますねえ。。 何がわかるのかといいますと、「ああ、そういうヒトいるなあ」というのと、「ここを通過しなければならないのだ」ということで…

【老の境地】

若い者に免れない生(なま)な点や、又世間の多数者に存する通俗な型を超脱した風格、もはや一時的な刺戟に自己の全部を動かされたり、事物の一面に捕われたり、皮相に止まるようなことはなく、能く全体を観察し、深く内面に通ずることが出来て、凡て自主自…

引用

理想と現実との間に分裂、遊離がないというのが、本当の人間らしい姿である。ところが人間というものは、どちらかというと現実のほうへいく人と、どちらかというと、理想のほうへいく人とある。本当にこれが統一されて少しも危なげのないものを「中(ちゅう…

一日一言

五美 人を恵んで厭味なく、労して怨みず、欲して貪らず、泰(ゆた)かで驕らず、威あって猛からず ─と。(論語・堯日[ぎょうえつ]) 人は誠にかくありたいものである。

成功は苦辛の日に

【成功は苦辛の日に】 先賢が教えてくれている──愚はよく他の欠点を挙げるが、自己の欠点を知らない。 話はうまいが、行いはつまらぬ。 若い時はうかうかして過ぎ、壮時にはせかせか動き廻り、老年には愚痴ばかりになり易い。 正に、敗事は多く得意の時に因…

一日一言

安岡正篤「一日一言」五労の一は多想心労。 とりこし苦労が多すぎること。これは心臓を傷(いた)める。二は多怒肝労。 怒りが度重なると肝を痛める。三は多思脾(ひ)労。 考えごとが多いと脾が疲れる。脾蔵は血液の浄化や調節を司どる大切な器官であるが、…

引用

(以下、引用) 最高の教育を受けた人間も、その後の自己陶冶(とうや)を缺(か)いては、立派な人間には成り得ない。 ごく劣悪な教育も、自己陶冶によっては、なお改善され得るものである。 いかにも人間は陶冶次第です。 「陶」というのは、焼物を造る、…

引用

【三不幸】 伊川(いせん)先生言う、人、三不幸あり。 少年にして高科に登る、一不幸なり。 父兄の勢に席(よ)って美官となる、二不幸なり。 高才有って文章を能(よ)くす、三不幸なり。 (『伊川文集』)年の若いのにどんどん上へあがる。世の中はこんな…

引用

とりあえずそのまま記してみます。 以下、引用 道教の方に十多の説がある。 一、思多ければ神(こころ)怠る 二、念多ければ志散る。 三、欲多ければ智損ず。 四、事多ければ形疲る。 五、語多ければ気傷(やぶ)る。 (べらべらしゃべるのは気が散るもので…

「大道」とは (略)むやみに新しがっていい気になっている連中は、仁義だ道徳だというと笑う。古いとか時代おくれだとか進歩がないなどといって冷笑する。そのようにつまらぬ人間が笑うようでないと本当に「道」ではないというわけです。 「老子三宝」のう…