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元祖【ひとり公論】

誰かには必ず、ほんの少しだけでも役に立つに違いない、という意味での公論

引き寄せの法則マニアとしてはw

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引き寄せの法則ってのはね、たぶん、対象のパイが(ほぼ)ムゲンにあることが前提なんですよ。

人はそれを抽象表現で「富」と呼んだりする。

カネもね、本当はムゲンじゃないけれど、個人が使い切れない額という意味では死ぬほどどこかにはある。

何回も書いてるかもしれないけど、1万人のオタクが、独りのアイドルと結婚したいと強く望み、引き寄せの法則発動を願ったとしても、かなうわきゃないんだよね。

そういうヤツが引き寄せの法則とそれをとりまく胡散臭さに文句つけてんだろうと思うんだけどね。

なぜかというと、対象に「心」があるからに決まってるだろうが!
引き寄せたい対象が限定的すぎるんだよ。

それだったらまず大金持ちになって、それからなんとかしなさいよって話。「富」を得ることが先っていうこと。

さっきの話でいうと、その独りのアイドルとやらは、結婚を願う1万人とはゼッタイに結婚しない!これは、断言してもいい。
そのアイドルの存在なぞ知らなかったぜ、などとうそぶくイケメンとサクっと結婚しちゃったりするわけさ。

なぜならそのアイドルは「オタクとはゼッタイ結婚しない」と強く強く念じ、その結果を引き寄せるからね。


たぶんね、ほんの少しだけど、引き寄せの法則を説明してる人たちにも原因はあるんだよね。

これは当たり前のことなんだが、強く願うことをすべて引き寄せられるわきゃないんだよね。
その人間の「徳」もあるんだから。ぐーたらなヤツの思い通りにはならんだろこの世の中は。

なんか浄土真宗と似てるんだよなあ。

カネ持ち

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あのね、金持ちになるために、金持ちにふるまいを模倣すべしってロジックは、ホント正しいと思うし、即実践すべきだとは思うのね。

でもねえ、やってる風なヤツをたまにみかけるんだが。。
なんつーか「華々しいとこ」だけやってね? って。

金持ちのふるまいのキモは、日々のルーティンなんだぞ?
金持ちじゃないヤツらが、実はいちばんやりたくない日々のルーティン。そこをやらないから金持ちになってない。もはや理由は明白なのに。。

やらない。
アホだ。。

ぱーっと使うとこだけ真似してたらただの破産だろ。

金持ちは、ルーティンに対しては、「No感情」でやってるわけ。だから金持ちなんだよ。わかる?

あーめんどくせー、とか、そういう感情はもはや発生してないの。
朝、顔洗って歯を磨くぐらいの自然さでやってんだって!

そこなんだよ!真似するのは。

あとさ、金持ちの真似すべきは、時間管理!

そういう、myルーティンの重要度をかーなーりあげてんの。必ずやるの。
まルーティンだから当たり前なんだが。

凡人はルーティンを設定しようとしてもすぐ後回ししちゃうじゃんよ。
意志の強さってのもあるけど、すべては時間管理なんだって!
優先的にルーティンを挿しこんでるの。

なぜそうしてるかわかる? 無意識的に、そのルーティンにより自分が金回りが悪くならない、抑止になっているんだな、ってことを金持ちは知ってるんだよ!
だから、続ける。

とにかく表層のとこしか見てないヤツが多い。。

中流から上を目指したい人には、その手法をお教えしますよ、余すところなく。

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簡単なんだよ、ひとつの例でいえば、安売り「だから」その場所に行ったりさ、まんまと買ってしまったりしないこと。

あともうひとつ、これは難しいんだけど、求められてない、招待されてない祭りとかイベントに行かないほうがいい。できうる限り。
なぜなら、それってただの頭数集めだから。そんな誘いにまんまと乗るもんじゃない。中流から上を目指すんならね。だってそこにいったらただの群集のひとりだよ?

でも、たとえば「指定券」とかがあるんだったらいいけどね。アナタの席が確保されている、というのは、いいことなんだ。


で安売りの話だが、何か買う目的があって出かけていって、たまたま、その製品が安売りしていた、というんなら、いいんだよ。まんまと、安売りしていたことに感謝して、買えばいいさ。

でもさ、たとえばふとみたらワゴンセールやってて、ふらーっといっちゃって、別に欲しくもなかったんだけどなんとなく買っちゃった、なんていうのが「サイテー」レベル。
ゼッタイにやっちゃいけない。

シンプルな法則があって中流から上の人たちは、欲しいものを買うが欲しくないものは買わない。
That’s all. でしょ。
欲しくないものも買っちゃって家がパンクするのが凡人。欲しくないのに超安いものしか買えないのが下層。

スーパーのタイムセールなんて絶対いかない。あそこに群がってる人間と同質化しちゃうから。同質化ってオソロしい。

とにかく、群集がむらがってるところにいかない。なるべく、いかない。群集にまぎれると群集になってしまうから。
ただし、その群集のレベルが低くなければ、いいの。そのへんはシビアに判断すべき。

安売りに群がる人間のレベルは、中流の中の下。平たくいうと「タチが悪い」んだよね。いってはいけない。


さて、この「中流から抜け出したい」っていうのはあくまで自分自身の問題なので身内を巻き込まないこと!
たとえば奥さんが安売りに群がっていったって、いいのそれは。それは奥さんの人生なんだから。

奥さんは逆にほめてあげればいい。
そして、自分が変われば、周りも少しずつ変わっていくに違いないから、気長に待ってりゃいい。


ところで子供は、欲しいものってのはガツっと決まってる。から、それが安売りしてようが定価だろうが関係なくほしい。つまり、猪突猛進なのね。それでいいのよ。
子供はあれもほしいこれもほしいでいいの。それが自然なんだから。


でね、それはオレがずっと前から書いている「損をとりにいく」ことかもしれないよね。
安売りに顔出さずに定価で買え、とはいってないけども、それに近いこといってるわけだからね。

中流から上のふるまいを貫きとおすことにより数百円から数千円、あるいは長いスパンでみたら万単位の(金銭的)損をするかもしれない。
でもそれでいいの。それは望むところだから。

カネで若干の損をすることによりその何倍、何十倍もの、金銭には替えられないすばらしい経験を得ることができるんだから。

そもそも素晴らしいマインドを得ることにより収入上がったりして。つーかその可能性のほうが高いんだ。

ま、でも。。「損」ってかいちゃったけど、欲しくもないものを買うってのはお金に対して相当いけないことをやってるんだがな。欲しいものを定価で買うほうがよっぽどいーじゃんか。

ところで、タイムセールに群がる凡人は、そこで1000円程度金銭的に得しても、どーせストレスためて数千円分の無駄遣いを別にしちゃうんだから。
ほっときゃいいの。資本主義社会に貢献してんだから。

トクイの掃除論と、朝論

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豊かな暮らしって何って考えたときにさ、オレなりに考えた結論は「掃除」だったんだよね、なぜか。

いきなり具体的な話するとさ、朝起きてすぐ使うトイレ、洗面、そして台所のシンクまわりがピカピカであること。
そして風呂は清潔であること。
家族が食卓を囲むテーブルは整然としていること。

一日でいちばん大事な「朝」にそういう状態であれば、その生活は豊かである。そういうオレなりの結論。

お恥ずかしい話だがオレは昔それを家内に求めたわけね。だって専業主婦だもん!求めるのは当然でしょ。
上述したところをピカピカにしておけよ、と。

でも家内は総論賛成ではあるけれどあんまりやらんかったね。いやほとんどやらなかった。
なぜなら、オレに押し付けられてるからでしょ。
もともとキレイ好きではないが。。

それとね、彼女にとっての豊かさとは、当然のように掃除にあるわけじゃなくて、あくまでカネでありモノだから。
ということはね、カネにモノをいわせてモノで家の中があふれかえっている状況というのは当然「掃除による豊かさ」とは相反するものだから。

つまりオレと家内とは価値観が敵対、とまではいかないけど完全に反しているわけね。

価値観が違うのは、しょうがないんだわ。というのは、最近知った。
なんで専業主婦のクセにオマエ何もしないの、とは未だに思うけど、これからも思い続けるとは思うけど、

オレが、オレの思う豊かな生活を実現させるためには、オレが動かないとダメなんだよね、と。
いくらヒマこいてる他人がとなりにいたところで、ソイツに任せるわけにはいかないんだよね、と。

ここで、メイドでも雇ったら?っていう考えもあるんだと思う。でも我が家に限っていうと、メイドをやとえば当然その分カネが減っていくし。
雇った人間に対する気遣いとか、トラブルとか、そういうのも抱え込んでしまう。(高いカネ払ってんのに働かねーなこいつ!とか)
気苦労が膨大に増える。そのクセカネは出ていく。そんなストレスフルな人生は、イヤだね。


まそういうわけで、自分が動くようにしよう、というパラダイム・シフトができて、最初は変わらなかったんだけど、しばらくすると劇的な変化が。。
ということでやっと最初の話に戻ると、まずね、早起き習慣はその前からできていたんだけど、早起きしてまるまる自分の自由時間だったところに、掃除習慣をいれたわけ。
そうすると当然、自分の自由が削られるわね。
それを、受け入れたということ。

次に、(ここが重要)朝、オレが掃除するわけだから、当たり前だけどその時点ではキタナいわけ、状況が。
オレが、キレイにするのね。
と、いうことは、だよ。家族が起きてきたときに、キレイになってるのよ。

。。これってすごいことでしょ。結果的にオレは家族が豊かな生活を送るために、朝の掃除をしているわけ。
その行為は、オレが、家族が最低限以上の水準の生活を送るためにヒッシで働いてカネをゲットしている行為と、同じ位相にあるでしょ?

カネをゲットするという、家族の長としてのオレの「仕事」、これだけで十分及第点のはずなのに、もうひとつ、始めたわけよ。
この、「始めて、続けている」ということでオレ自身が豊かになってるわけね。

朝のオレの時間が削られたなんて大したこたないのよ。今やっていることの達成感や重要さにくらべたら!
だってさ、どーせネットサーフィンとかなんだから。自由っつっても。そんなことより掃除やってたほうがいい。

そして最近ストレッチとかもはじめたし、結局オレは自分自身で朝のドフリーな時間を削るという行為に出て、掃除だけでなくストレッチだの運動だの読書だの瞑想だのを「入れ込んでしまった」わけ。
この変化も、かなり劇的である。

「インプット」

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オトナになってからの「インプット」ね。
たとえばもちろん勉強とか。それがスカスカだとゼッタイにいい仕事なんてできないのよ。
大学までにインプットだけで、世の中で勝負していけるわけがない。

会社ってのはそれを恐れるから、社員を研修に行かせたりするわけだが。
そこで得られるものなんて結局ただの小手先の知識であってね。
いやそれが悪いわけじゃなくてね。その小手先の知識はないよりも100倍いいんだけど。。

でもさ、それが自分の「いい仕事」につながるかというと。。

いい仕事ってさ、結局みんなでやるじゃん。自分独りじゃ何もできねーし。
と、いうことは、最初必要なのはリーダーシップだったり、人間力だったりするわけで。

それを身につけるためにやらなきゃいけないのは仕事の範疇外からのインプットなんだよね。
会社から与えられた研修カリキュラムではないのよ。(たとえそれが「リーダーシップ研修」だったとしても、ダメ)

仕事の外でのインプットを貪欲に、優先する姿勢さえあれば、いいんだよ。
たとえばそれはビジネス書を読むでもいいしね。

「仕事から離れて」アソぶ、ではなくて仕事から離れて貪欲に仕事外の諸々の事象から吸収するんだよ。
そうすりゃ自然と人間力だのはつくわね。怠惰でなければ。

エンジニアとオサレ(24) 愛されキャラとは(2)

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 私が書き続けてきた「モテる」とは結局、ビジネス・シーンで愛されキャラになることなのかもしれないなあ、という結論に達しました。前回、結論を先に書いてしまいましたが(笑)。

 今回は前回の続きになりますが、若かりし頃「オレに仕事ふるなよゴルァ」オーラを全開にして、現場で身を守っていた(つもりだった)私が、ある日から徐々にそのオーラを弱めていったところ、最初はウザい雑務が死ぬほど入ってきてホントに心からこのギョーカイがイヤになりましたが、やがてウソのように楽になってきたという、そのあたりについて自分の経験を交えながら書きたいと思います。



 また長くなりそうなので(笑)結論を先に書きますと、この話は「愛されキャラ」とつながってきます。その、「ウソのように楽になって」くる頃に、その人は「愛されキャラ」にとても近づいているのです。

 「愛されキャラ」になるかどうかは、現場でなるべく笑顔を絶やさないようにしよう、という強い意志を持つかどうかで決まります。

 私のように笑顔が苦手な人間は、無理して「愛されキャラ」になる必要はないと思います(自分の経験から)。ただし、私は、むっとした顔をし続けるのはやめました。それなら笑顔が苦手な人間でもできます。

 そして、IT業界の大多数の人は笑顔が苦手であると推測していますので、僭越ながら私の手法が参考になると思っています。

 愛されキャラの方ってすごくモテるのでうらやましいのですが、現場でむっとした顔をやめて、かつ誠実に仕事をしていれば少しはモテます(笑)。私はそれぐらいでいいかな、と…



 さて、最初ウザい雑務が入ってきてイヤになるのに、やがてラクになってくる理由のひとつは、あたりまえですが自分が成長するからです。カンタンにいえば生産性が上がるということですね。雑務をこなす過程で自分のペースがわかるようになるのです。

 つまり…

 自分のペースを守るために、むっとして仕事をブロックしていたはずなのに、結局のところむっとしていようがいまいがその現場で仕事はしなければならないわけで。

 以前書いたと思いますが、むっとしてブロックしたとしてもまわりまわって仕事はふってくるわけですから、ふってきた時点ですでにクリティカルになっていることが多いのです。だから最初から、納期に少しでも余裕のある時点で受入れて、自分のペースで仕事したほうが結果的にはすごくラクです。

 と、いうことに気づくわけですね。ああ、最初から受け入れたほうがラクなんだ、と…これも成長です。

 とりあえず受け入れて、複数のタスクが平行して走る中でイヤになって投げ出してしまわずに効率性を考え続け、とりあえずこなすところはこなし(考えながらも手は止めない!)、手順化して他部署にふれるところはふり、打ち返すところは打ち返し…ということを繰り返しながら自身の生産性(イコール「腕」)を上げていく。

 つまり、「けっこうたいへん」な状況じゃないと自分が磨かれないということです。(ここ、重要)



 むっとすることによるブロックを解除して、引き合い(最初は雑務)が増えはじめる状況というのは(ビジネスにおける)「モテはじめ」ということに他なりません。モテはじめの時期は大変な時期なのですがその段階をすまし顔で(内心泣きながら)突破していくとどうなるか?

 現場で尊重されるようになります。(ここも重要)尊重されると、ラクになるんですよね、精神的に。

 そして、尊重されると、ごほうびとして雑務じゃなくて「ちゃんとした」仕事がふってくるようになります。実は、この「ちゃんとした」仕事っていうのは雑務よりも何倍もキツいんですが(笑)。

 周りから尊重され、精神的にラクになり、かつ自身の「腕」も上がってきている状況でふってくる「ちゃんとした」仕事を受けたところからが、さあ、勝負です!

変わっていかないとダメなんだよねー

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人間ってのは、変わっていかないとダメなんだよねー、ってのは常々実感しているところ。

で、そのためにオレがとっている手法は、生活習慣を、カンタンに増やしていく。1日1分~数分ぐらいの。
これはいいかも、と思ったらすぐやってみる。

そうするとどうしてもこぼれていくものがある。続けてはいるんだけどどうも納得感がないな、とか、
やろうとするとほんのすこしだけ気が重くなるような習慣とか。

もちろん、こないだ増やしたばかりの習慣をね、あ、こりゃダメかも、ってすぐ手放すことも多いけどね。
(やりはじめた手前、2週間ぐらいは続けるけども)

こうやって生活習慣の新陳代謝をつくっていくことすらも生活習慣だよな。


我ながら、変わっていくってのはこういうことなんじゃないかと思う。
必ずしも劇的は求められてない。